飛行機雲が示す道

大手町にある内務省庁舎内にの駐車場に車を止め、地下からエレベーターに乗った。エレベーターの階数ボタンを己の識別番号通り押すと目的のフロアへと向かう。そこのフロアが何処に存在しているかは特務課の人間であっても把握してない。チン、という音共に扉が開き歩けばヒールの音は絨毯に吸い込まれて鳴らず、内務省異能特務課参事官補佐室と長ったらしく書かれた部屋にノックをして入った。


「人喰い虎?」
「えぇ、区の災害指定猛獣に指定されています。現在、鶴見の河川敷での目撃情報が最後です。」
「鶴見ね、川崎ということは東京に来る可能性があるわけか…」
「あり得ない、とは言い切れませんので。今動かせる人員は貴女ぐらいしか居ないのでよろしくお願いします。」
「分かった。県境に異能を張り巡らせとく。で……?それだけなら、わざわざ私をここまで呼ばないでしょう?」

たかがその程度の情報ならば電話口での通達でも良かったはずである。わざわざ、ここまで呼び出したということは

「相変わらず察しが良いようで。どうやらポートマフィアがその虎を生け捕りにしようとしているという情報がはいりました。」

その言葉にふむ、と考え込む。新しくポートマフィアに潜入しているエージェントからか…私は安吾が潜入する前から潜入していたし、私が抜ける前にはまた新たなエージェントが潜り込んでいた。お互いに誰が潜り込んでいるかは知らないが。安吾が無事に戻れたのはポートマフィアとの裏での交渉があったからではあるが、異能課はその存在意義上、国内の異能者を統括する必要があり結局間諜を常に潜らせておく必要があったわけだ。そういう意味で、私は交渉すらなく逃走したのだから我ながらよくやったと思う。

ポートマフィアがたかが人喰い虎程度で動くはずがなく、ましてや現在は自分らのシマの外での出来事である。そこまで介入するほど彼らとて暇ではないはずである。で、あるならば何故彼らは生け捕りにしようとしているのか。考えられる可能性は何処からかの取引先に依頼されて、ポートマフィアにとって利益になりうるほどの報酬が出る、といったところが妥当だろうか。それでポートマフィアの資金が潤沢になって活動が活発になられたらこちらとしては目も当てられない。

「…すぐに部下に指示を出すわ。」

とりあえず、今日のところは部下に県境である多摩川河川敷の監視カメラの監視の指示を出すことにした。


翌日、私は川崎市と世田谷区の境にある多摩川の河川敷に足を運んでいた。未だに我が部下はモニター越しにこの一体を監視しているため、私もインカムを付け世田谷区側の土手から多摩川を眺めていた。この川を越えれば目撃情報のあった鶴見区のある川崎市である。人差し指をを突き立て、異能を発動した。

「……”音収(フェアザンメルントーン)”」

突き立てた人差し指から金色(こんじき)の蝶が羽ばたいてゆく。この異能はある程度の音を拾うことが出来る、いわば盗聴器のようなものだ。特定の個人一人に対し私の異能の分身である金色の蝶に追跡させるぶんには距離的制限はないが、こうして広範囲に向けて使う場合は私を基準に円形状およそ5キロ半径の音を拾うことが可能である。この場合拾った音は耳から聞こえる音とは違く、脳内にそのまま文章化されて入ってくるため人の話を聞きながら情報を得ることが出来る。

今日は土曜日で、河川敷には親子連れなどが目立つのでスーツではなくカジュアルな服装で来たのは正解だった。にしても、私はこの包囲網を虎が見つかるまで張らなければ良いのか…と思うと鬱でしかない。ベンチに腰掛け、どれぐらい時間が経過したか分からなかったが

「とらとーらとーらとら 千里走るよな薮の中を…」

と虎々を口ずみながら飛行機雲を眺めていれば、スマホに着信があった。着信先はまたしても安吾で。これは虎が見つかったのではないか!と期待に胸を膨らませ勢いよく立ち上がり、インカムを外した後にスライドして通話を押した。

「安吾、虎は見つかったの?」
「えぇ、探偵社への入社が決まったようなのでもう暴れることはないでしょう。」

その言葉に固まった。入社が決まった、と今安吾は言わなかっただろうか。つまり、それは…

「入社って、虎は異能者だったわけね。」

そうか、だからたかが虎探しに私が駆り出されたのか。ポートマフィアが追っていたことに関しても納得がゆく。どうやら、久々に少しゆるい世界に戻ってきたからか頭の回転が鈍くなっているようである。安吾は全て把握した上で私に指示を出したのか!先に言ってくれれば良いのに。

「ということで、お約束通り二週間の休暇を楽しんで貰って結構ですよ。良い休暇を。」

ツーツーという音と共に気が付いた時には既に通話は終了していた。今もモニターに張り付いているであろう部下へと指示を出し、再びベンチへと腰を下ろした。とんだ虎探しであった。異能の発動は安吾の言葉を聞いた時には既にやめている。肩を落とし、下を向いていると不意に影が射す。殺気などは感じなかったので、ポートマフィアではないことは分かっていたので緩慢に顔を上げれば「やっぱり!朔さんですよね!」と眩い笑顔と共に懐かしい顔が視界に入ったことに驚く。飲み物の入った袋を下げた彼女は買い出しにでも行ったのだろうか。

「…蘭ちゃん、久しぶりだね。どうして此処に?」

それは昨日アポロで頭を過った毛利探偵の娘さんであった。

「女子会でバーベキューに。朔さんはどうして…?」
「散歩、だよ。すっかり大人っぽくなったね。まだ学生でしょう?」
「はい、高校生です。あの、もし良ければ朔さんも一緒にバーベキューしませんか?私以外に友達が二人居るんですけど、量が多くて…」
「蘭ちゃん達が大丈夫ならお言葉に甘えてお邪魔しようかな〜〜お腹すいたしね!」

それにしても女子会でバーベキューかぁ…あれか、肉食女子とかいうやつだろうか。

「これ持つよ。」

そう言って彼女の下げているビニール袋を持った。

「え、なんだかすみません…」
「お招きされたんだから、これぐらいはね。」

先ほど居た場所から割と離れた河川敷で彼女達は女子会をしていたようだ。蘭ちゃんが友達二人に「買ってきたよー!」と手を振っている。片方はボーイッシュな女の子で、もい片方の子は綺麗なストレートの髪を持った女の子だ。

「蘭!なかなか戻って来ないから心配したのよ。そちらの綺麗なお姉様は?」
「知り合いで、たまたま会ったから誘っちゃった。私達だけじゃ消費出来ないでしょう?」
「はじめまして、幸田朔です。蘭ちゃんが中学生の時にポアロで知り合いました。突然お邪魔しちゃってごめんね。」
「いえいえ!人数が多い方が楽しいので大丈夫ですよ、あたしは鈴木園子っていいます。」

園子と名乗った彼女はなかなか良い生活をしているらしく、着ている服が今季のトレンドになっているブランドものであることからその財力が伺えた。ちらりと鈴木財閥の名が頭を過ったが、鈴木という苗字は日本にたくさんいる訳だし違うだろう、と納得した。

「ふ〜ん。蘭ちゃんの中学時代の知り合いかぁ…僕は世良真澄。よろしく!」
「真澄ちゃんと園子ちゃんね!こちらこそ、二人ともよろしく。」

真澄ちゃんに手を差し出されたので握手をしたが、彼女は外つ国に留学でもしていたのだろうか?日本ではあまり握手の習慣がない。

「朔さん、じゃんじゃん食べてくださいね〜〜」

そう言って園子ちゃんは紙皿に沢山の野菜とお肉を盛り付け渡してくれた。こうした女子会はいつぶりだろうか。職場には安吾の部下として辻村深月ちゃんが入ったが潜っていたこともあり、このような深い付き合いは出来ていない。

「朔さんは何で今まで蘭ちゃんに連絡しなかったんだい?」
「急な転勤でね。当時はスマホもまだ普及してなかったから連絡しても取れなくて。まさか、此処で会うとは思わなかったけど。」
「私も思いませんでした。」

ふふ、とはにかむ蘭ちゃんは癒しだ。

「そういえば、ニコイチだった工藤君はいないんだね?まぁ、女子会だから当然か。」
「ちょっ、朔さん!?」
「朔さんも新一くんご存知なんですね〜!」
「よく蘭ちゃんと一緒に見かけたからね。一時期高校生探偵としてメディアに露出していたみたいなのに最近はめっきり見ないし、学業に専念してるのかな?」
「それが事件を追い回してなかなか帰ってこないんですよ…!」

蘭ちゃんは拳を握り締めてそう言った。高校生となれば、義務教育ではないのだから単位を落とせば留年の可能性はあるだろうに。学生の本分を何だと思っているのだろうか。

「それは、学生としてあるまじきことだね。」
「そういえば、朔さんは何処に住んでるんだい?」

真澄ちゃんが飲み物を注ぎながらそう聞いてきた。うーん、若干距離が近いのは気のせいだろうか…

「灰土町だよ。」
「なら米花町から近いのか。」

ふむ、と真澄ちゃんは考え込んだあと「今度遊びに行きたいな〜」と言うので軽率に頷いたがそのような暇があるかは別問題であるが。

「この間アポロに久々に行ったよ。梓ちゃんに会いに行ったんだけど、かっこいい店員さんが増えていてびっくりしちゃった。」
「安室さんかっこいいですよね〜!朔さんは好きな人いないんですか?」
「今はいないかなー。そういう園子ちゃんは?」
「私は京極真さんっていう素敵な彼氏がいまぁす!」

京極、という言葉に一瞬妖術師の京極夏彦の名前が過ったが園子ちゃんの彼氏は空手家らしい。

「それより、今はってことは以前居たんですか!?」
「まぁ、ね。結局片思いしている間に終わってしまったけど…」
「その人に彼女が出来たとかかな?」

ちょっと、世良さん!と蘭ちゃんが咎めるが私は苦笑いするしかなかった。彼のことは人として好きだったが、いつからその感情を抱くようになったのか分からない。それを言葉に出来なかったのは私と彼の立場が最たる理由であったが、今はもう伝えることも出来ない。
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