夕暮れ時、飴色の風景

ポートマフィアへの長期潜入任務が終わり、私は久々に自宅がある東京に戻ってきていた。潜入中の横濱に住んでいた頃の私はポートマフィアで異能を持っていないが、情報処理能力の高い首領の秘書として過ごした。その任務がひと段落して、というか種田さんに戻ってくるよう言われたのでポートマフィアを抜けた。彼らの報復ってエゲツないのでこれからの生活に些か不安は覚えるのではあるが、幹部である中原君が長期任務から戻ってくる前に抜けられた自分を褒めたい。

そんな感じで、今までの留守中に溜まっていた書類を片手に以前から通っていた喫茶店に足を運べば、女子高生で賑わっていて少し驚いた。

「あ、朔さん!?お久しぶりですね!」
「うん、久しぶりだね…梓ちゃん。」

パタパタと寄ってきた彼女に微笑む。こちらにどうぞ、といつものカウンター席に案内された。

「何年ぶりですか、朔さんがうちにくるの…!ある日突然来なくなったから心配したんですよ!」
「五年ぶり…かな?仕事で飛ばされててね、転勤が急だったから連絡出来なかったの。いつものでお願い」
「はい、もちろんです!」

梓ちゃんがオーダーを読みあげると、今まで見たことがない店員さんが返事をしたことに少し驚いた。いや、長い間来店してなかったのだから店員が増えていても別におかしくもないのだが…その様子に梓ちゃんは気付いたようで

「あ、朔さん。こちらは新しく入ったバイトの安室さんです!」
「どうも、安室透です。」
「安室さんが作る料理はどれも美味しいんですよ〜〜!」
「へぇ、梓ちゃんがそこまで言うなら期待しちゃうなぁ…あ、私は幸田朔といいます。以前は毎日のように通う常連してました。」

へへ、と気を抜くような笑いをしながらそう言った。あの頃は私も若かったなぁ、と振り返る。当時の私は大学には通わず高卒の後にはエージェントとして働いていた。唯一の息抜きがこのアポロで飲むカフェ・オ・レだったのだ。

「どうぞ、カフェ・オ・レとパンケーキになります。」
「わぁ!美味しそう…ありがとうございます。」

丸いパンケーキをナイフとフォークを使って切り分けてから蜂蜜を掛ける。梓ちゃんの作るパンケーキも美味しいが彼のパンケーキも美味しい。

「これはまた通いたくなる美味しさですね。」
「でしょう!ぜひまた通いに来てくださいね!」

梓ちゃんにそう言われたら来るしかないじゃないか、と苦笑いする。彼女の作るパンケーキも好きだが、彼女の人柄が私は好きなのだ。殺伐とした職場で仕事をする私にとって彼女の存在は癒しそのものだった。

「幸田さんは、どのようなお仕事をなさってるのですか?」

そう問いかけたのは安室さんであった。フォークを咥えながら、どう答えようか考えた。公務員と答えようかと思ったが、事務職での転勤はあまり多くない上だから妥当とは言えないかもしれない。特務機関は世間にその存在を知られていないからこういう時に困る。無難に事務職ですよ、とだけ返すことにした。

「安室さんはポアロだけなんですか?働いているのは、」

少し無遠慮かとは思ったが、意趣返しだ。彼ぐらいの年齢でバイトというのは珍しい。だと、するならば他の職とかけ持ちしていると考えるのが妥当だろう。回答を待つ間にカバンからノートパソコンと書類を出す。

「僕は探偵もやってるんです。実は上の毛利探偵の一番弟子なんです!」

そう嬉しそうに言う彼に探偵か、と納得する。毛利探偵はここ一年だかで眠りの小五郎とか言われる有名な探偵になったんだっけな…

「安室さんも探偵なんですか。」

つい、そう言葉がもれてしまった。最近、安吾が太宰君の武装探偵社に入るにあたってその経歴を洗浄するのは容易ではなかったとボヤいていたのだ。探偵社が出来た頃には種田さんからの依頼を何度か持って行ったから社長の福沢さんと江戸川君とは知り合いである。

「も、ですか?」
「えぇ、知り合いにも探偵が居たので。」

そう苦笑いすれば探偵に縁があるのかもしれませんね、と言われた。そうかもしれない。たしか、ここで知り合った毛利さんのお嬢さんの幼馴染が探偵ではなかったか。当時彼らは中学生だったような記憶がある。その後は黙々と書類とにらめっこしながらパソコンと向き合った。カフェ・オ・レが残り少ないので追加注文をしようと顔をあげれば、コトッと湯気がでるカップが置かれた。

「梓ちゃん…」
「安室さんと私からのサービスです。他のお客さんには内緒ですよ?」
「ふふ…ありがとう。」

特務課の経費の計算をしているのだが、中々に出費が多くて終わらない。カーチェイスをして車を壊しただの、といった荒っぽいものが多くて困る。ようやくひと段落つき、伸びをしたあとに外を見れば夕方になっていた。思いの外居座ってしまったようで、客も自分以外は居なくなっており、申し訳ないな、と思っているとそこでスマホの着信が鳴った。その表示された名前に嘆息をつき、スライドして電話を取った。

「もしもし、安吾?」
「朔、今すぐ戻ってきてください。」
「……承知。」

ピッ、と通話終了のボタンを押し耳からスマホを離した。通話を傍受されては困る内容か…ポートマフィアか、それとも別件か。広げていたパソコンを閉じ書類を掻き集めバックへ入れた。その間に安室さんは私が店を出るのを察知してレジへと待っていた。

「ご馳走様でした。長居してしまってすみません。」
「いえ、大丈夫ですよ。これからお仕事ですか?」
「ちょっと呼び出しをされまして…」
「こんな時間から大変ですね。また店へいらしてくださいね。」
「はい!ありがとうございます。」

店を出てから近くの駐車場に停めてあった黄緑色のマーチに乗り、エンジンをかけた。
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