何ともならないのかと激昂して-File2

何とか-何ともならないのかと激昂して-File2

「ぷはっ、死ぬかと思った」

今までも何度か命の危機に瀕したことはあるが、まさか溺死しそうになるとは思っていなかった。なんとか橋元から近場の岸まで上がる。重くなった服を絞ると、ぼたぼたと水が落ちた。滴り落ちるなんて、生易しい表現では物足りない。ポケットから普段使う召喚陣の紙やリボルバー、スマホなどを出した。召喚陣が書いてある紙は耐水紙を付箋のように重ねたものだから問題なかった。リボルバーも然り。問題があるとするならば…

「……スマホ水没。」

片手につまみ上げながら、すでにただのガラクタと化したそれを眺める。通信機器が使えなくなる、というのは現代社会ではなかなか致命的である。見渡した限り、キュラソーの姿もない。場所は車を運転していた時にナビを見ていたからなんとなく分かるが、濡れ鼠のまま公共機関を使って帰宅する、というのはまず取れない手段だ。てっとり早く、近場にあるはずの公衆電話を探すことにした。最近はめっきり公衆電話も減ってしまったから、なかなか探すのが大変だが幸か不幸か此処らは工場地帯のようである。緊急事態に備えた公衆電話が設置されていたのに救われた。硬貨を取り出し、ボタンを押す。回線が繋がってから、しばらくすると電話の相手は出た。

「おねえさん、迎えに来てもらえませんか…」







「はぁ、全くなんのために貴女に運転手を頼んだのか分かりやしないわ。」
「私だって、まさか海に突っ込むことになるとは思いませんでしたよ?」

お小言を貰いながらおねえさんの運転する助手席に座っていた。結局、キュラソーを探しに近場まで来ていたベルモットに拾って貰ったのだ。新しい服やなんと!おねえさんの予備のスマホまでお下がりで貰ってしまった。ここで、少し引っかかるのはキュラソーを探しに来ていた…ということだ。運転手に指定しときながら、あんなことになったのに私を回収しようという気はなかったのか、と聞けば”貴女死ななそうだもの”とそう返されてしまったので喜べば良いのか、嘆けば良いのか複雑である。

「ところで、ベリーニ。貴女、キュラソーから何か任務について聞いた?」
「なーんも。公安が関わってることしか知らないよ。」
「そう…貴女が知ってれば簡単だったのにね。」

そう言われても知らないものは知らないのだから仕方がない。ただ、少なくとも安室透が血相を変えるほどのものを彼女は公安から奪ったのだろう。

「キュラソーはラムからの指令を受けて、公安に保管されていたノックリストを奪取することになってたの。」
「ノックリスト、ね。組織に潜入してるスパイはきっと今頃真っ青ね!」

そう言ってから自分がノックリストなどに載っていないことに、心から安堵した。牙狩りという組織は世界の諜報機関などとは違い、その存在はそのものが特異である。だから、牙狩りに所属する者同士でも真名は知らなかったりすることもある。どこどこの流派を扱う狩人、それが大事なわけであり個の存在はそれほど重要視されていない組織形態ゆえだ。ライブラに至ってはその存在そのものが、番頭の工作によってHL外へ隠蔽されているので構成員情報が流出するなんてことはあり得ない。最も、私のように代々流派を一族で受け継ぐ者によってはそのファミリーネームから特定される可能性がなくはないのだが。それを出来るのは化け物か、化け物退治する人間に限られる。

「で、今どこに向かってるんですか?」
「東都水族館よ。」

確か、あの鈴木財閥がリニューアルしたのだったか。プレオープンの段階で随分と話題になっていた。観覧車がイギリスのロンドン・アイのようにカプセル型で一度に多くの人が乗り込めるという。そして、その注目すべきは世界初の二輪式であるということか。反対方向に回るらしく、違う眺めを見れるとか。キュラソーが楽しむためにそこに行く、というのは論外だろうから…

「もしかして、キュラソーは人魚になって水族館に」
「貴女、前から思ってたけど頭のネジ足りてないんじゃないの?」

その言葉に”そんなぁ…”と返すが、実は頭の中にはこの間ライブラに入ったツェッドを思い浮かべていた。かれは半魚人である。元々、ライブラに彼が入る前から個人的に付き合いがあったのだが、彼が構成員になったと聞いた時には驚いたものだ。地上で呼吸できないのに、どうするのか、と。結局は鰓呼吸を補助する装置を作って貰ったらしい。早くこの潜入を終わらせて会いたいなぁ、なんて。

「まぁ、あんなとこに住んでればそんな感覚になるのかもしれないわね…」
「でも、毎日が退屈しませんよ?」

何処か遠くを見ながら(HLに来たことを思い出してるのかもしれない)ベルモットはそう言った。此処も事件が起こる、という意味では退屈しなそうではあるが区間替えなんてことは起きないし非日常的なことは、しつこいようだが殺人事件以外には起きない。

東都水族館に着くと、その人の多さにひいた。さすが、鈴木財閥がその富を注ぎ込んだだけはある。ベルモットが買ってきた入場券を受け取ったついでに左手に提げていた荷物を奪った。

「ちょっと!何するの。」
「おねえさんに重いものは持たせられないでしょう?」

案の定、持ったバックはずしりと重かった。それもそのはずで、キュラソーを探すのに使うPCやら追跡カメラが入っているのだから。

「で、入って何処から探すの?」
「観覧車の近くにあるレストランから探すわ。」
「了解。」
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