満月は他人行儀

再構成されてから此処、紐育…いやHLには人間も異界人も別け隔てなく右往左往するようになった。だから、この店に来る客も千差万別。そんな中で一年も経てば、ある程度の固定客もつき始めていた。

「サク、これを10番テーブルに。」
「はい。」

この10番テーブルのお客さんは割と高頻度で見かける。なんでも、アランさんの昔馴染みらしいが、それでなくても目を引く人間だと思う。

「アクアパッツァになります。」
「ああ、ありがとう。」

顔に傷があるが、それすら伊達男には装飾となるのだから凄いものだ。見麗しいと言われる純血の吸血鬼は、そもそもそういった体に残るような傷を受けることがないから何処か新鮮に感じる。まぁ、この場合そういった傷を負っても治るから、というのもあるのだが。

それにしても、毎度隣にいるパートナーの女性が違うのは気のせい…だろうか?そう思いながら、あまり客が居なかったのでぼーっと彼らを見ていると女性の方が平手打ちをして去って行くのを目撃した。思わず、目を丸くするとアランさんが袋に入れた氷を渡して来いという。仕方無しに、それを受け取り渡すと少しびっくりしたような顔をされた。

「大丈夫ですか?」
「まぁ…ね、」

平手打ちをして手形というものは、こうもはっきり残るものなのか…と少し感心していると”カウンター席に移動しても良いかい?”と言われたので、どうぞ…と案内する。

アランさんと二言三言交わしているのを傍目に、先ほどまで彼が座っていたテーブルの片付けをする。すると、アランさんに目で上って良いと言われた。ふと、柱にかかっている時計に目をやると勤務時間を過ぎている。一礼して、バックヤードへと消えた。





その様子をスティーブンは見ながらグラスを傾け、銀食器を磨くアランを見た。

「彼女が君が見込んだウエイトレス?」
「そうだよ、可愛いだろ?」

ふふ、と笑う元同僚を見ながら眉を寄せる。可愛いもの好きな癖は相変わらずのようだ。彼の自宅にあるぬいぐるみや手作りのワンピースを見たら彼女はどう思うのだろうか…最も彼女が着ている制服も自家製だとこの間会った時に言っていたが。

「確かに、お人形さんみたいな子だな。世間知らずの良いとこのお嬢さん、ってとこかな?」
「そう思うだろう?俺も最初はそう思っていたんだが、彼女の瞬発力はずば抜けてるよ。」

異界人相手に怯みもしないし、と笑いながらアランは空になったグラスにワインを注ぐ。

「へぇ、それは凄いね。」

アランが言うぐらいなのだから、相当なのだろう。アランは元牙狩りだ。前線で戦う人間だったが、血界の眷属にかけられた呪いがきっかけで職を辞さなければいけなくなった。その後、趣味に没頭し、料理やら裁縫など極めているところに紐育の再構成が始まったのだ。この混沌を見届けたい、そう思ったアランはすぐさまヘルサレムズロットに店を出した。そこで店員が必要となるわけだが…たまたま通りがかった彼女に声をかけたという。彼女は二つ返事で快く引き受けたそうだ。この少し照度の低いレストランで映える、陶器のように白い肌や独特なエキゾチックな雰囲気は人間、異界人に関わらず男たちが放っておかないだろう。そんな彼女の瞳は血のように濃い紅だ。最初は血界の眷属かと警戒したものだが、ガラスなどに彼女は写っていた。

「だろ?でも、俺が調べも彼女の経歴が全然出てこないんだ。だからお前なら、と思ってな…スティーブン、

「良いだろう。貸し一つだぞ、アラン。」





日傘を傾けながら道を歩いていると、此処数日どうも誰からかの視線を感じることに眉根を寄せた。そんな、誰からか目を付けられるようなことを此処でした記憶はないのだが。

「まさか、同胞とか?」

口に出してからそれはないだろう、と首を振った。同族である彼らなら尾行してきた時点で分かるはずである。幾日も分からぬ視線に晒されるのは嫌だったから、カマでもかけて暴いてやろうかと公園で考えていると不意に凄い勢いで何かが突っ込んでくるのを感じた為、反射的に元いた場所から前へと逃れた。

驚き、振り返ると先ほどまで自分が居た場所が抉れていた。そして、抉った人間…いや、バケモノを見た。同じ穴のむじなかと溜息が出そうになる。吸血鬼に似て異なるモノ、血界の眷属である。血界の眷属は人間のDNAに直接呪文を書き込んで改造した生物兵器である。対して、我々吸血鬼は生まれた時から吸血鬼であり、人間から突然変異した存在といっても過言ではない。

とりあえず、目の前の出来事は善良なる一般人が関わったら善良ではなくなりそうな事象である。そうつらつらと考えていると、そいつはこちらに牙を剥けた。ギラリ、とした眼光は血が飢えたものので思わず、自身を見やると足に擦り傷から血が滲んでいた。回避した時に擦ったのだろう。傷は既に塞がっているようだが、この血の匂いにつられたのか。純血の吸血鬼の血は人間や普通の吸血鬼に比べ格段に美味い供物である。此処で下手に暴れて元老院や吸血鬼ハンター協会に目をつけられても厄介なので、どうしようかと思案しているうちに血界の眷属がこちらに向かってきた。


そのとき、

「ブレングリード流血闘術 111式十字型殲滅槍(クロイツヴェルニクトランツェ)!」

という声と共に巨大な十字架が眷属に叩きつけられた。その匂いに思わず顔を顰める。この十字架は血で出来ているのか。

「ミス、お怪我はありませんか?」

そう声をかけてきた、この血闘術を使った主へと目をやる。特徴的な強面の男性である。

「どうもありがとう。」

そうお礼を言うと照れたのか、ポリポリと頬をかいた。すると、その彼のすぐ後ろからどうも見覚えがある伊達男の姿が見えた。あれは、アランさんの友人の常連さんではないか。

「クラウス。」

そう呼ばれ、返事をしたのは目の前にいた強面の男性なわけで。驚きそちらを見ていると向こうもこちらに気付いたようで目を丸くしている。

「君は…、」

なんだか厄介ごとに巻き込まれたようだ。
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