クランクインからサヨナラ



「……、よういちくんなの?」

ぽつり、と漏らした声は思った以上にこの殺人事件が起きた部屋に響いた。最初偽名に変装をしていたであろう彼は、それでもどこか懐かしい雰囲氣を纏っていて、会った時からどうも気にかかっていた。

「えぇ。お久しぶりですね、朔先生。」

そう言った彼は、昔の面影が今もあった。何故、私はすぐに気付かなかったのだろうか。

「おい、高遠!朔さんが先生ってどういうことだ!」

先ほどまで殺人事件のトリックを暴いていた金田一耕助の孫だという、金田一一君がそう声を荒げた。それに対して遙一くんは落ち着いた声で説明をした。

「文字通りですよ、金田一くん。イギリスにいた、私がまだ学生だった頃に家庭教師をしてくれた女性です。」

そこで言葉を切り、彼はこちらへと歩み寄った。

「ですが、当時女子大生だったはずの朔先生が全く同じ容姿なのには流石に私も驚きましたが。」

腕を掴まれ、覗き込まれた遙一くんの瞳には確実に以前はなかった仄暗い光がその奥に鎮座していた。似た瞳を、私は知っている。私がこの姿から成長しなくなった原因であるアイツに。遙一くんから腕を振り払おうとしたそのとき、白いオオヤマネコが間に入り低く告げた。その様子に驚き、遙一くんの腕を掴む手が緩まった。

『魔法省は陥落した。スクリムジョールは死んだ。連中に気を付けろ、サク』

その言葉を飲み下すのに時間がかかった。その間にキングズリーの守護霊は雲散して消える。まさか、こんなに早くアイツが魔法省を乗っ取りに来るとは思っていなかったのだから。人々に無言者と呼ばれる有能な部下にすぐ様指示を出さなければ。掴まれていた手を振り払い、周りを気にせずスカートの中に腕を突っ込み太ももに装着をしていたホルスターから杖を抜き宙に向かって言葉を紡ぐ。

『Expecto patronum!(守護霊よ、来たれ!)』

杖先から現れたのは、三毛猫だった。

『神秘部局長サク・アキヅキから全ての局員に告ぐ。神秘部の機密を闇の帝王から絶対に死守せよ。』

伝言を頼んだ守護霊は開いていた窓から空へと消えた。

神秘部は死に関する様々な事柄を取り扱っており、その中にはアイツが求めてやまない不死に関するものもある。そういった機密情報をそうやすやすと闇陣営に渡す訳にはいかないのだ。私が闇側に堕ちるなんていうのは以ての外だ…神秘部に保管されている予言の全てを記憶したゆえに局長となった私が。

「え、朔さん、今のマジックですか?」

一連の行動を見ていた金田一くんはそう言った。彼は私が英語で言った事柄には関知しなかったのだろう。その一方で、遙一くんの眼光には鋭さが増している。彼は私が何を言ったのか理解しているのだから。

「今のは種も仕掛けもありませんよ、まさに魔法です。そうでしょう?朔先生。」

「遙一くんの言う通り、あれは魔法だよ。そして、私は魔女って言えば通じるかな?」

”魔女って、そんな仮想の話じゃ…”と金田一君が言っているが、私達魔法使いは存在している。

「…でもね、君たちに私の存在を覚えられたままだと困るんだ。君たちも、私も。」

私が消息を消そうとすれば、死喰人はその足跡を追うだろう。その過程で罪のないマグル(非魔法使い)が傷付いたり、人質に取られるのはとても不本意なのだ。

”どういうことですか!”と警察の人の声が聞こえたが、私は返す言葉を持ち合わせていない。おもむろに杖のホルスターが有るのとは逆の足につけているベルトから試験管を一本抜き、床に叩きつけた。すると、煙がすごい勢いで充満する。これは、特製の忘却薬である。

「…さよなら。」
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -