始まりの地

かつてニューヨークと呼ばれたその都市は現在、HLと名前を変え人界と異界が交わる特殊な環境化にある。そこでは、生存率が毎日予報されるほど危険なことがたくさん起こるという。

そんな街へ訪れたのはもちろん、暇つぶし…の一言である。

吸血鬼である私は永い永い時を生きている。永い時というのは何れ、その時を持て余すことになる。そんな中、吸血鬼社会の中でも上位に位置する玖蘭の当主に学校に通わないかと誘われ、その誘いを快く受けた。
吸血鬼社会では、純血種が最上位に位置し、その後貴族級、元人間という並びになっている。私は純血種の緋桜家の人間だ。もっとも、在学中に当主であった叔母である閑が亡くならなければ今とは違う状況になっていたのかもしれないが、当時の私は叔母のおかげで割と自由にやっていたといえる。元々、叔母とそれほど中が良かったというわけではなかったが、やはり寮長であった玖蘭枢が閑を殺したというのには些か驚いたが。

吸血鬼社会には元老院という組織が存在し、彼らによって純血種は良いように管理されているといっても過言ではない。もちろん、純血種とてそれは承知している上で甘んじて状況を受けているのだが。叔母がその役、籠の鳥をかって出てたことから、私は自由が効いたのだ。だが在学中に吸血鬼対吸血鬼ハンターといったいざこざや元老院との軋轢など様々な理由が重なり黒主学園で私が所属した夜間部は解散し、実は吸血鬼の始祖の一人であった玖蘭枢は対吸血鬼武器を作るための炉に自らの心の臓を投げ入れ長き眠りについてしまった。またあの純血種の古株らと七面倒な付き合いはしたくない、かといって吸血鬼ハンターに監視されながら日々を過ごすというのは御免だった。そんなときに現れたのがヘルサレムズ・ロットだった。身を隠す上でこんなに御誂え向きの場所はなかったから、迷わず荷物をまとめ再構築が落ち着く前の混沌とした世界へと私は足を踏み入れた。

それから既に三年の月日が経とうとしていたが、相変わらずこの街は毎日が非日常が溢れている。

日傘をくるくると回しながら、公園の横を通り勤務先のレストランへの道を急いだ。この街は街全体に霧がかかっているため、日傘がなくても歩けることには歩けるが長年の習慣というものはそう簡単に無くなることはない。伝承の吸血鬼のように日が当たったことにより灰になる、なんていうことはないし、十字架やニンニクも効かない。それでも、心臓や頭を潰されれば私達血が濃い者とて回復することは容易ではない。あぁ、あと吸血鬼ハンターが用いる対吸血鬼用の武器は弱点である。

傘を畳み、裏口から更衣室へと入る。ロッカーに貼ってある勤務表を見ながら、今日の勤務時間を確認する。今日は8h勤務で夜までだ。制服に着替え、厨房へと足を踏み入れると店長の姿が目に入った。

「おはようございます、アランさん。」

「おはよう、サク。」

店長であるアランさんはイタリアで修行を積んでここHLでイタリアンレストランを開いている奇特な人間である。でも、味はピカイチであることは保証する。吸血鬼である私ですら、味に感動を覚えたのだから。なお、吸血鬼だからといって必ずしも吸血をする必要があるという訳ではない。なので、私はHLにいる三年の間は血液錠剤(タブレット)を常用している。ちなみに純血の吸血鬼に吸血された人間は吸血鬼になる、それは伝承と変わらない。ただ純血の吸血鬼以外に噛まれた場合人間が吸血鬼に変化することはない。

「今日もホールの方よろしく。」

「了解ですー!」

アランさんの方針で給仕係があまり雇われていないため、いわゆる掻き入れどきの忙しさが半端ではない。その忙しさ相応で給金は良いのだが。
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