Brumaire



春がやって来た。

私は無事に私立大国学園高等学校で教鞭をとりおえたのだ。有名な進学校だったから、最初は不安だったが今ではこうして離任式の席に座っている。私が教えた三年生は既に卒業してしまった。元々、非常勤講師としてだったので新年度で新しい先生が来るまでの代わりとしてこの学校に居たのだ。初めての”先生”としての授業にしては我ながらよく出来たのではないかと自画自賛をしてみたりする。

まぁ…ぶっちゃけ今日から無職です。というのは、冗談で…いや、半分事実なのだが。私にとって教師という職は言い方は悪いが副職である。教師という職業は兼業が禁止されているが、本業が人ならざるものを相手にするものだからバレやしない、と思う。私の家は代々「浄魂師(じょうこんし)」という職についている。苗字の葛木は先祖から受け継がれている”名”である。当時は苗字を持っていない身分だったとかで…いつの間にか当時の当主の名が苗字として引き継がれているようだ。浄魂師という職はその名の通り、彷徨う怨霊、いや…御霊(ごりょう)を救いあの世へと浄魂することが仕事である。御霊がこの世に留まるのは遣り残した何か未練がこの世にあるわけで、私達の一族はそれを対話を用いてなしてきた。この場合、一族と比喩して良いのかは甚だ疑問があるが。浄魂という作業は才能がなければ行うことが出来ない。だからこそ、世襲制ではなく才能あるものが外からも入り見出されていく。私もそんな中の一人だった…

で、仕事がない私は暇な訳で。今まで気になっていたことを調べるべく、東応大学の図書館に来ている。大学とは、オープンなものでこうして学生でなくても図書館を利用することが出来る。私が知りたいのは葛木が苗字として受け継がれるきっかけとなった時期と経緯を知りたいのである。大学の蔵書で見つけることが出来るか、という点には些か疑問視すべき点があるが古文書なんてものはそうそう拝むことが出来ないのだから仕方が無い。片っ端から載っていそうな本を手に人が余り寄り付かなそうな奥の方の日当たりが良さそうな窓辺で読んでいた。通い続けて幾日か経とうとしていた。普段は人がいないその席の前に先客がいるではないか…しかもなんだか特殊な座り方をして特殊な本の持ち方をしている。まぁ、自分に関係はないと持ってきた書籍を机に積みここ一週間続けてきた動作を繰り返していた。

しばらくすると、何か刺さるものを感じたので緩慢な動きで顔を上げると前に居た青年がこちらを注視しているではないか。思わず相手の目と目が合ってしまい不本意ながら、見つめ合う。洗いざらしな真っ白なシャツにジーパン、そしてパンダのような隈。一風変わった人間であることは明らかである。あまりの無言の押収に痺れを切らした私はゆるりと、口を開いた。

「今日は良いお天気ですね。」

そう言い窓の外に目をやった。事実、ここ数日は雨が降っており、こうしてこの席で陽を浴びるのは久方ぶりなのである。

「えぇ、そうですね。貴女はいつもこちらにいらっしゃるのですか?」

想像していたよりも質の良いテノールボイスが滑り込んで来た為一瞬固まった。そもそも日本語で返して貰えるなどと私は思っていなかったのだ。黒髪だから一瞬日本人に見えるがその瞳を見ればそうでないのが分かる。それに肌が白い。

「はい、調べ物があるので。あの、もしかして東応大学の生徒さんですか?」

いくらオープンとはいえ、大学の図書館に外部の人間が出入りしている可能性は稀だ。だとしたら、この大学の学生である線のが一般的推測と言えるだろう。

「…いえ、私はまだこの大学の学生ではありません。」

”まだ”ということは、これから入学するということか。とても高校三年生には見えないから浪人生なのだろうか。さすがに現役で東応大学に入学するのは難しいのか…そう考えるとあの教え子の優秀さには下を巻かざる負えない。目元の隈にも納得というか…

「貴女はこの大学の生徒ではないのですか?」

聞き方のニュアンスで相手も私が生徒ではないことに気付いたのだろう。

「えぇ、一般人です。」

「…なるほど。もしかして私は貴女のお気に入りの席をとっちゃいましたか?」

その言葉に目を見開く。

「今は春休みですし、余程熱心でない限り学生はわざわざ大学には来ません。席が他にもあるのにわざわざ、私の前に座ったのでお気に入りの席に座られたためにプレッシャーをかけに来たのかと思いました。」

毎日通えば座りやすい席が出来ますからね。と彼は言葉を付け加えた。
なるほど、流石東大入学予定者といったとこか。今のやりとりでそこまで推察してしまうとは…

「……よく、分かりましたね。」

あまりの鮮やかさに感嘆の息が洩れた。

「私、推理は得意なんです。ああ、そろそろ私はお暇しますね。最後に貴女のお名前をお聞きしても?」

「葛木です。葛木朔。私もお聞きしても?」

彼はくずき、と何度か口内で復唱した。

「葛木さん、私の名前は竜崎です。では、また会えると良いですね。」

そう言い彼は席を後にした。何故だか苗字しか教えてくれなかったがまぁ良いか。また会うとは限らないし。
それにしても、彼に纏わり付いついた御霊の数はなんだったのだろうか…
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