Colorless Kiss[4/7]

年齢は30代後半というところだろうか。上等のスーツを着て、背後に3人の体格のいい男を侍らせている。


『よう、坊ちゃん。家出か』


僕の持つボストンバッグを見てわかったのだろう。蛇に睨まれた蛙のように萎縮しながら頷けば、その人は口角を上げた。


『行くところがないなら、うちに来い』


信じられない言葉に、僕はしばらく返事もできずに立ち竦んでいた。

その男が笠原誠司で、指定暴力団の二次団体で若頭を務める男だと知ったのは、身体を開いた後だった。

その時から、僕は笠原の愛人となった。



*****



「こんにちは」


無人の組事務所の前にいる人相の悪い刑事たちに挨拶をすれば、とりわけ強面の男が僕に歩み寄ってくる。


「悪いねえ」


目の前に突きつけてくるのは、家宅捜索の令状だ。この人たちは、この事務所を洗いざらい捜索するためにやって来たのだ。


「僕が立会い人になります。どうぞ、ご自由に」


扉の鍵を開ける僕の言葉に、刑事たちは一斉に事務所に入っていく。

ここには何もないのに、ご苦労なことだ。

少し前に組の若い者が、下手を打った。足の出るような覚醒剤の捌き方をしたばかりに、こうして事務所に警察が来るようなことになったのだ。

暴力団と警察というのは不思議な関係だ。敵対しているにも関わらず、時に寄り掛かり、時に情報をやり取りする。

世の中で大切なのは、均衡だ。その道理を(わきま)えた者が、うまく立ち回ることができる

そういうことは全て、笠原に教えてもらったことだった。

僕が笠原に立会いを任されているのには理由がある。それは、僕がここの組員ではないからだ。

僕は笠原の愛人ではあるけれど、組長と盃を交わしてはいない。組員でもなく、けれど部外者でもない僕の立ち位置は、堅気の人間と接するときに調度いいらしかった。

3時間に及ぶ家宅捜索が終わり、刑事たちは段ボールにガラクタを詰め込んで帰って行った。

僕は一旦引き上げていた田倉を電話で呼び出して、 ベンツに乗り込む。


「田倉、笠原のところへ連れて行ってくれないか」


「はい、そのつもりです」


端的に言葉を返される。僕は無骨で無口なこの男が嫌いじゃなかった。女のように男に脚を開いていると陰で揶揄しながら僕に従う男たちは、隠しているつもりでもそれが態度に表れる。田倉には、そういうところがない。笠原が一目置いているのも頷ける。

ただ誠実に、己に与えられた役目を果たす。

それは田倉だけでなく僕にも課せられているものに違いなかった。







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