時々、同じ夢を見る。
美しい牡丹の咲き乱れる中を、ふらふらとおぼつかなく飛んでいる夢だ。
色とりどりの世界で、もうとうに諦めたはずのあの人に叶わぬ想いを馳せながら、僕は一心に何かを探している。
明るく穏やかな陽射しの照りつける中、ただあてもなく花から花へと彷徨い続ける。
昼の光が厚いカーテンの隙間から零れ落ちる。
僕はベッドの中で気怠い身体を持て余しながら、目を細めてキラキラと宙を舞う塵をぼんやりと眺めていた。
明るい世界が苦手なのは、昔からだ。
無邪気さとは無縁だった自分の子ども時代は、思い出そうとすれば仄暗いフィルターが掛かりうまく脳裏に再生することができない。
眠くて堪らない。
不意に、枕元の携帯電話が振動を立てながら鳴り出した。相手が誰なのかは、ディスプレイを見ずともわかっている。
『幸也、起きてるか』
「うん。今起きたところ」
正直に惰眠を貪っていたことを白状すれば、電話の向こうで小さく笑う気配がした。
『悪いが、すぐに事務所に行ってくれないか。今、お前のところへ車を向かわせてる』
用件はそれだけだったけれど、僕は全てを把握した。
「わかった。終わればそっちに行っていい?」
『ああ。いい子だ』
「じゃあ、支度するね」
通話を終えて、僕はベッドから起き上がる。何も身につけていない肌に空気が触れて、ひんやりと心許無い。
どろりとした生ぬるい熱を、身体の内側に感じる。
昨日の情事の名残がまだ身体の奥に残っている、そんな感覚だ。
あまり時間はない。僕はふらつく身体に鞭を打つように、バスルームへと向かう。
マンションの前に付けられた黒のベンツS500は今日もよく磨き上げられていて、昼下がりの陽射しを眩しい程に反射している。
「幸也さん、おはようございます」
運転席のドアが開いて、体格のいい若い男が駆け寄ってくる。
「おはよう。ありがとう、田倉」
開けてもらった後部ドアから乗り込んで革張りのシートに身を沈めれば、急いで運転席に戻った田倉がシフトレバーを動かして車を発進させる。
細身のスーツは、20歳を迎えたばかりの僕が着てもしっくりこない。オーダーであつらえたにも関わらず、着心地が悪い。それは、僕の人生のポジションと似ている。
お膳立てされたこの場所は、ひどく不安定なのだ。
「すみません。兄貴が、幸也さんに立ち会ってもらえと」
「いいよ、わかってる」
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