「 ─── アスカ」低く響く声が背後から僕の名を呼ぶ。ガラス越しに、シャワーを浴び終えたユウがゆっくりとこちらに歩み寄ってくるのが見える。「少し寒い。何か着た方がいい」寝室の窓から外を眺める僕を、後ろからそっと抱きしめてくれる。湿り気を帯びた肌はあたたかくて心地好い。「大丈夫」情事を終えた後の気怠さが少しずつ眠気に変わっていくことに、僕は安堵する。これで、今夜も眠りに付ける。「ユウ……ごめんなさい」上滑りな謝罪の言葉に、ユウは何も答えない。窓の外には、星の瞬きのようなイルミネーション。周囲の建物より一際高い位置にあるこの部屋は、天国に少しだけ近い。本当に、ほんの少しだけれど。「もう、潮時かもしれない」耳元で囁くその声からは、本心は読み取れない。「お前の存在は、少し知れ過ぎている」「……そうだね」ユウのお店に迷惑を掛けていることは、何となく想像がついていた。「でも、まだなんだ」抱きしめてくれる腕に、そっと手を掛ける。「まだ、僕は……」ここから、出られない。振り返ればそこにあるのは、僕を真っ直ぐに映す鳶色の瞳。その美しい眼差しを受け止めきれなくて、目線を落とす。いつからだろう。身体を重ねなければ、眠ることができなくなったのは。少しずつ、少しずつ僕の中で大切な何かが壊れて失われていく。それに怯える僕は、ただユウに縋るしかない。ユウがそんな僕を持て余していることに、気づいていないわけじゃなかった。こんな関係は、きっと長く続かない。「もう寝ようか」僕は頷いて、ユウと一緒にベッドへ潜り込む。「ユウ。そろそろ、次の人を」僕の言葉に、ユウは優しく頭を撫でてくれる。いつもより契約の期間が空いているのは、ユウが慎重になっているからだ。「心配しなくていい」気安めだとわかっている。それでも、ユウの声を聴くと少し安心する。眠りは海の底へと向かう儀式のようだ。ゆっくりと沈み込む意識の中で、忘れたはずの想いが仄かに浮かび上がっては、泡のように立ち消えていく。「おやすみなさい……」零れる涙は、水に溶ければなくなってしまう。だから深く冷たい海の底なら、哀しみを閉じ込められるんだ。意識が堕ちる寸前、祈りのような口づけが唇に優しく落とされるのを感じた。"before Platinum Kiss side A" end - 21 - bookmarkprev next ▼back