『NO MUSIC, NO LIFE』音楽をしている奴は、そんなことを言いながら非現実的な夢を見る。うちのバンドメンバーもそうだ。俺を含めて全員大学4年生になったというのに、誰も就職活動をしている気配はない。このまま好きなことを突き詰めていきたい。行けるところまで行きたい。その気持ちは、もちろん俺だって持ち合わせてる。けれど、そんな夢を叶えることは宝くじを当てることより難しい。夢を追いかけるだけじゃ生きていけないことに、俺はちゃんと気づいてる。*****流れるメロディの中、耳が追いかけていた低音が突然ピタリと止まった。それに引きずられて、他の音が鳴り止んでいく。俺たち3人の視線を一斉に浴びながら、憎々しいまでにきれいな顔をしたベーシストは険しい表情で真っ直ぐに俺を睨みつける。そんな顔をしていても、ジュンヤはやっぱり様になっている。身体の線は細いけど、艶やかな黒色に磨き上げられたフェンダーのジャズ・ベースを滑らかに弾きこなす姿は扇情的だ。こいつはこの顔で、ファンの女の子を主食に生きている。「ピッチが下がってる。ケント、お前昨日呑み過ぎたな」俺は小さく溜息をつく。こいつは俺の体調には俺以上に敏感だ。「そんなに呑んでない」呑んだのは確かだったが、けっして歌えないほどじゃない。確かに、いつもより声が不安定なのは、自覚している。きっと、普通の人なら気づかない。それでも、こいつの耳はごまかせなかった。「お前の楽器は喉なんだよ。今日練習があるのはわかってるだろ。しっかり管理しろ、バカ」「おい、バカはないだろ」思わずマイクをスタンドに付けて応戦しようとしたその時、オサムがドンドンドン、とバスドラを3回鳴らして声を張り上げた。「はい、そこまで。2人とも落ち着いて」コードを掻き鳴らす歪んだ音の後に、呆れたようなナツの声が響く。「お前ら、本当に仲いいな。時間がもったいない。もう一回、最初からだ」ギリ、と歯を喰いしばって怒りを堪える。まだスタジオでの練習は始まったばかりで、演奏していた時間よりセッティングに掛かった時間の方が長い。こんな無駄な話はない。舌打ちしながらジュンヤはベースのネックを握り直した。乾いたドラムカウントを聴きながら、俺はそれでもモヤモヤとしたわだかまりを抱えたまま曲の中へと入っていく。*****『今、時間ある?』あれは、大学に入ったばかりの頃だ。憲法の授業を終えて帰ろうとしていたら、教室を出たところで突然妙にきれいな顔をした男に声を掛けられた。初めて見る学生だった。きっと別の学部の奴だろう。 - 2 - bookmarkprev next ▼back