決心してメールをしたはずなのに、何をどう言おうかとか、やっぱり急すぎるんじゃないかとか、うじうじ考えていたら思った以上に時間が経っていた。
「ごめんね!私から呼び出したのに待たせちゃって…」
だけど、こんな時間にでもメールひとつでここまで来てくれている。彼はこちらに気付くと軽く手を上げて微笑んだ。が、駆け寄る間に私の肩からかかる荷物に目をやり、ちょっと驚いた顔をした。
「家にまだ帰ってないのか」
「あ、…えへへ」
仄暗い中、取り敢えずふたり揃ってベンチに座る。
「突然呼び出したりして、びっくりしたよね」
「まあ、今日は…色々あったんだろ?」
彼がどれだけの事を知っているのかといえば、ブン太のことくらいなんだろうけど。お昼の時から比呂士までにもバレてしまう元気のなさだったから、その他にも色々悩んでいたことはきっとわかっていたのだろう。そう、言う通り、今日は色々起こって色々悩んだ。
「…………うん」
「まあブン太達もフタ子のことをちゃんとわかってくれるさ。…なんて俺が言わなくても、もう大丈夫そうだけどな」
軽く撫でられた頭が心地好い。
「私、みんなとずっと仲良く一緒にいられたらいいなって思うの。我が儘かもしれないけど」
毎日毎日部活してテニスしてマネージャーして。お昼は一緒に食べて、放課後は一緒に帰ったり、たまに寄り道もして。休日に遊びに出掛けたり、勉強会を開いたり。ふざけて、衝突して、だけど最後は笑い合える。そんなかけがえのない時間を過ごしたい人達が出来たんだもの。いつか限界が来るのも知っている。だけど、今は大切にしたい。
「…それでね。ついでに、ちょっとだけ聞いて欲しいの」
小さく息を吸って、吐く。自分の想いを伝えることは怖いことだと、今日一日で散々思い知ったけれど、それと同時に、怖さと同じくらい、なんだか不思議とわくわくする。
―うまく、私のすべてを伝えられるだろうか。
「私、みんなが大好きだから、誰かに特別優しくしたいとか、独り占めしたいって気持ちがよくわからなかった。そんなことなら、そういう意味の"好き"なんていらないんじゃないかとも思った」
彼はうなずくこともなく、黙って耳をすました。
「だけどね、こんな我が儘な私だけど、ううん、我が儘だからこそ、受け入れてくれる人がいるんじゃないかって」
顔を上げて彼の目を見た。
「ジャッカルなら。みんなと一緒じゃなくても良いって、ジャッカルだけいれば良いって、私が思えるようになるまで、待っててくれるんじゃないかって」
こんなの自分勝手な話だってわかってる。特別なんていらないと言いながら、一方では彼が欲しい。私が"特別"を認めるまで彼に待っていてほしいと願っている。なんて酷い話。だけど、それが私の本心。
「今日だって、ジャッカルは私の欲しい言葉をくれたし、それが支えになった」
私の望みを理解してくれていた。今まで通りで大丈夫だと。すべてを解っていてくれている気がした。私を支えてくれた。私に安心をもたらしてくれる人。
「ごめんね、迷惑な話だってわかってる。だけど、伝えたかった」
目の前がぼやぼやと歪んでいく。水膜がガラス玉を覆う。悲しいから?違う。嬉しいから?そんなわけじゃないけど、だけど涙が出る。
そして視界に映る景色が、突然、変わった。彼の目が見えなくなる。その代わり、
「謝らなくていい。…むしろ嬉しいんだ」
本日二度目の、抱擁。照れくさいけれど、それだけで全部伝わってくる。大好きだ。やっぱりあなたが大好きだ。さらに溢れてくる。彼の背中に腕を回す。そして、弱く返した。
「そりゃな、俺も男だから好きな女は独り占めしたいとかも思う。フタ子にはわかんねえかもしれないが」
離れたことで身体が冷える。だけど顔は熱い。辺りが暗くて良かったなんて考えているのは、きっとお互い様なんだろうな。目線を合わせて、ちょっとだけ笑ってしまった。
「けどな、好きな女の我が儘も聞いてやるのも男の務めなんじゃねえか?」
俺を選んでくれただけで、何年でも待てるぜ。
ほら、あなたは、私の欲しい言葉と、笑顔をくれるでしょう。
26112013 おわる