黒歴史 | ナノ

 それから、ミーティングも終わり、今日使った資料を片す。やっぱり精市と接するときは緊張してしまうけれど、なんとか他の部員には気づかれることはなかったように思う。
 その時部屋に残っているのは私と弦一郎だけだった。色付きが茜色に染まりつつある教室。他の人たちはもう帰ってしまったのかな。心寂しいのを覆うように弦一郎に話しかける。

「弦一郎はまだ帰らないの?」
「蓮二に少し待っていろと言われてな。鍵は俺が締めておこう」

 礼を言って鍵を手渡す。彼の手は私より、というより他の誰よりも大きい手だ。そんな時にふいに口から出た言葉。

「"好き"って何だろう」

 突然何を言い出すのか。正直、恋とか愛とかが弦一郎の苦手分野ということはよく知っている。校則違反をしているカップルとかには「ふしだらだ!」なんて古風な怒り方をするし、恋愛の話題でからかわれたりすると顔を真っ赤にしながらが、結局「たるんどる!」と一喝。弦一郎の良さはそのお堅い誠実さでもあるけれど。
 だから、普通なら聞く相手を間違えている発問ということは百も承知だ。けど、そんな弦一郎だからこそ聞いてみたいとも思う。真剣に。

「ム、俺に聞かれてもだな…」

 私の心中を察してなのか、「くだらんことを聞くな」と説教はされなかった。まあ、弦一郎はいつも優しいけど。その代わりものすごく困っている。

「弦一郎は好きな人、いる?」

 更に踏み込む。

「!?それも…ううむ……」

 純粋な興味でもある。弦一郎の好きになる人ってどんな人なんだろう。彼がする恋愛、理想の恋愛は一体どんなものなのかな。堅い彼だからこそ、精市やブン太、私にない考えもあるだろうし。

「そもそも俺は未熟なうちは、恋だの愛だのは早いのではないか、と考えている」

 頬を染めて、眉間に皺を寄せた恐い顔で。語るのは恋話。正直、真面目に答えてくれる本人には言えないけれど、この状況がおかしくて仕方ない。

「まあ、惚れてしまったものは仕方ない。しかし護ってもやれない弱いままでは、相手を深く傷付けるだけだ」

 彼は一度目を閉じて、しばらく口を閉ざした。ようやく次に開口した時、その視界には私を入れることはなかった。

「俺は待つ。相手が自分を受け入れるまで。そして、自分が相応しくなるまで耐え、支え続けてくれるような相手を選びたい」

 待つ?相応しくなるまで、支え続ける?…弦一郎の考えは何となく今まで考えたことのないような、表現し難いものだった。なのに、何処と無くしっくりくる。

「弦一郎の言う、相手を護れる"強さ"とか"相応しさ"は、いつ、どうやって手にいれられるものなの?」

 私の疑問に、彼は難しいけれどどこか優しい顔で答えた。

「わからん。それが一生懸命手に入るかどうかも、既に手の中にあるかもしれんことも」


 わからないから自信がなくて、誰かに頼りたくなって。不安で不安で仕方なくて、他の人を傷付けて。だけど大好きだから、ずっと一緒にいたくて。

 "待つ"、"相応しくなる"。そのふたつの言葉が私の中でじんわりと広がっていく。なんとなく、なんとなく、自分が欲しいものが、自分が見つけたいものが、見えてきた気がする。

 だから、私は……。

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