ブン太に思いっきりパイ投げしてしまってから、そのまま私は仁王に腕を引かれて屋上を後にした。ま、まあ、逃げないと本気でやばいと思う。仁王が。あ、私も同罪か。
殴るか下着を見せるか。恐らく何かしら深い印象を残せば、次の日にも記憶が残っているのかもしれない。が、パイ投げなんて。甘いもの大好きな丸井には効果てきめんなのかもしれないが、いくらなんでもふざけすぎなような気がする。制服汚れてなければいいけど。
「仁王君、苗字さん」
柳生だった。毎回訳がわからない説教をされているが、今回言われることは何となくわかっている。……いや、確実に。
「何じゃやぎゅ、説教なら後でたんと聞くき…」
「仁王くん、いい加減にしたまえ」
柳生さん激おこじゃないですか!そりゃあそうだ。午前中は自分になりすまして愛しのフタ子さんに絡まれたり、フタ子さんの目の前で険悪な出来事…だものなあ。
さて、仁王は何を考えている?
「………すまんのう」
彼は静かに言った。まさかの真剣な謝罪。説教を意気込んていた柳生は調子が狂わされて、黙るしかなかった。神妙な面持ちで、はぐらかされると思いきやいきなり謝罪の言葉だ。ますます仁王の意図がわからなくなる。が、
「俺はおまんを一番の友達と思うとる。じゃが、今は何も話せん。明日にはちゃんと説教されるつもりじゃって…」
今の柳生は何も知らない。きっと私たちの言うことも理解できないまま終わる。そうだ、だったら明日にかけるしかない。
……という私の考えもまた的を外れる。仁王は私の腕を引き、柳生を残したまま場を後にした。柳生は何かを悟ったような顔をして、追ってくることはなかったけれど。
「ねえ、柳生は殴っておかなくていいの?」
明日にはすべて思い出しているかもしれないのに。というより、殴っておかないと明日は何も覚えていないじゃないか。殴っておかないと…。
「柳生はええんじゃ」
仁王がふと笑った。いつものニヤリとしたいやらしいものではなかった。たぶん、心配性の柳生にこれ以上の負担をかけないように、といった一番の友達なりの配慮なんじゃあなかろうか。なんだ、いい奴なんじゃないか、仁王。