前は放課後になれば真っ先にテニスコートに向かったというのに、引退した今じゃ俺達はお邪魔虫。たまにコートで赤也が部長をやってるのをからかったりしつつ後輩をしごいてやることもあるが、今のテニス部に俺達は必要ない。あんまり構いすぎるのも後輩や何より赤也の為にならないってことで、頻繁に行くのは控えていた。先輩からの愛の鞭ってやつである。
だからといって急にやることがなくなれば暇をもてあますのは当然だ。ジャッカルと遊んで帰ろうかと思ったが、親父さんの店の手伝いだってことでさっさと帰っちまった。仁王はどこにいるのか検討もつかないし探すのも面倒だったから諦める。ああ、つまんねえ。
そんなちょっと腐った気持ちを抱えつつ、俺は一人で下駄箱のほうに向かう。外は雨は降っていないけれど、灰色で重苦しい。おまけに、下駄箱に入り込んでくる外からの風が冷たくて俺は思わず身を震わせた。それがますます憂鬱な気分を助長させる。ああ、今日は占いとかで最下位の日かもしれない、別に確認してないけど。
そんなことを思いながら靴を履き替えようとすれば、あ、と小さな声が耳に届いた。聞き覚えのあるその声に、思わず顔をばっと勢いよくそちらに顔を向ける。彼女なら、そう願ったとおり、そこにいたのは上履きを持った苗字だった。ちょうど靴を履き替えるところだったらしい。
「よっ」
「お、おお。今から帰るのか?」
「そうだけど」
「よっしゃ、じゃあコンビニよってこうぜ!」
「え、やだ」
ばっさり。そういううやつだと思ってたけどあまりにそっけなく断られてへこむ俺。いやわかってたけど、あの苗字だし。けれど部活が終われば、中々一緒に帰ることもなくて。そんな中こうやって偶然とはいえ会えたのだから、一緒にコンビニぐらいよってくれてもいいじゃないか、なんて女々しいことを思うのは惚れた弱みというやつだろうか。俺のすねた顔を見て、彼女は困ったように眉根をよせる。
「だって寒いじゃん」
「よし、肉まんおごってやる」
「さあ行こうか、さあさあ」
断った理由が寒いからかよ、なんて思いつつ、俺が肉まんをおごるといえば苗字はあっさりと意見を翻した。寒さや肉まんに負ける俺って一体…と遠い目になりそうになるが、しかし若干いつもより機嫌がよさそうに肉まんと呟いてる彼女が可愛かったから、もうなんでもいいやという気分になる。これは完全に惚れた弱みだろう、間違いない。
そんな俺の複雑な心の内なんて全く知らないであろう彼女は、俺より早く靴を履き替えると、さっさと外に出て早く早くと手招きをする。俺は慌てて靴を履いて、彼女の元へと走った。
***
いきつけのコンビニへ苗字と向かう。吹き付ける風が冷たくて、季節はもう確実に冬だ。秋なんて生ぬるいものじゃない。俺は少しでも風を防ごうと、学校指定のマフラーを口元まで引き上げた。寒さ対策に耳あてまでしてきたのはやりすぎかと朝は思っていたのだが、どうやら俺の判断は間違っていなかったらしい。
一方苗字は、さっき寒いから寄り道したくないなどと言っていたくせに、学校指定のマフラー以外特に防寒具を身につけてはいなかった。なのに涼しい顔している。俺のほうが寒がってんじゃん。意味わかんねえ。
「なあ、マフラーだけで寒くないのかよぃ?」
「え、寒いよ」
「寒いのかよ!」
「でもまあ耐えられないほどではないから。むしろ丸井なんでそんなもこもこの耳あてとかつけてんの」
「耳冷たいの嫌だから。可愛いだろ」
そう言えば、ふーんと流された。自分から聞いたくせにその淡白な反応は寂しい。だがしかし、苗字がきゃあ可愛い!なんてはしゃぐのも想像できなかったから、まあある意味らしい反応ではあるのか。というか、きゃあなんて声をあげる苗字が違和感ありまくりでやばかった。遠い目になる俺に、どうかしたのかと彼女は冷たい目をむけてきたので、慌ててなんでもないと返す。危ない危ない。
そうこうしているうちにコンビニについたので、俺は肉まん2つとピザマンを注文する。俺は肉まん一つじゃ足りないからだ。レジで会計している途中に苗字がさりげなくお菓子をつけようとしたから、俺がおごるのは肉まんまでだと言ったら、渋々手をひっこめた。油断もスキもない。
コンビニからすぐの公園のベンチに二人で並んで腰掛けて、そうして肉まんをほうばる。寒い中食べる肉まんは格別だ。苗字は食べるのが遅くて、両手で熱そうに肉まんを持って、ふーふーしながら少しずつかじっている。その様子がリスみたいで可愛いくて。思わず笑えば、馬鹿にしていると思ったのかこちらを睨んできた。可愛いと思ったのだけなのに。
「そういや、前にカスタードホイップまんを奢ったよな、#緒里1#に」
「そうだっけ?」
「おう、2年の冬だった頃。確かなんか事故で苗字のことぶっちまったときがあって、そのおわびに」
「そんなことあったような…」
思い出せないのか首を捻っている苗字だが、あれは色々俺にとっては衝撃的な事件だった。あの時ジャッカルとふざけてて、間違って俺のあの重いパワーリストが苗字の顔面に当たったのだ。あまりの痛さに苗字が泣いてしまい、俺は酷くうろたえた。あの時に、苗字も女子なんだなと思ったことをよく覚えている。俺達よりずっと非力だったことに気が付いたんだったか。
「なんだかんだで長い付き合いになってきたよね」
「そうだな」
彼女がぽつりと漏らした言葉に、俺も静かに頷いた。あの時はまだ全然自覚してなくて、でも今じゃはっきり言える。俺はコイツのことが好きだって。想いを伝えるとか、そういうことはまだ全然考えられてないけど、このままこいつの"一番の友達"のポジションに甘んじているつもりはない。予定だ。
しかし、彼女の気持ちはどうなんだろうか。俺のことを意識はしてくれているのだろうか。それとも他に好きなやつがいるとか。昔っから彼女が考えていることはよくわからない。けれど、よくわからなくてもまあいいか、と思えるようになったのは、俺が少しだけ大人になったからかもしれないし、ただ単純に付き合いが長くなったからかもしれない。まあ、どっちでもいいことだ。
あっという間に肉まんを食べ終わり、ピザまんもぺろりと食べ終わった俺だけど、苗字はまだ肉まんを食べている。俺の視線に気が付いた彼女は、丸井が食べるのが早すぎるのだと口にした。ちょっときまりが悪そうなところも可愛いと思う。重症だ。
「あ、まだお腹空いてるんでしょ」
「へ?」
「ほら」
彼女はうんうんと頷いて、持っていた肉まんをぱかりと二つに割る。そして、きょとんとしている俺に片方を差し出した。俺が目をぱちくりしていれば、早く受け取れと俺の手を取って、無理矢理に肉まんを持たせる。俺はいきなり苗字と手が触れたことにドキドキしているというのに、彼女はいたって普通の顔だ。くそっ、俺のほうが恥ずかしがるとか、乙女か俺は。
「私これで充分だから、丸井食べていいよ」
そう言って彼女はまた残りの肉まんを食べ始める。このまま食べたら間接キスじゃないかとか、彼女の食べかけだとか、ぐるぐるしてるのは俺ばっかり。まったくいつでも自由奔放な彼女のペースだ。だけどそんな彼女が好きなのだから仕方がない。
観念して俺はぱくりと彼女からもらった肉まんをほうばった。頬にじわじわと熱がのぼるのを、風の冷たさのせいだ、そう自分に言い聞かせてやり過ごそうとする。だというのに、いきなり彼女が俺の顔を見て、鼻が赤くてトナカイみたいだと笑うものだから。その笑顔に俺は、今度こそ顔を真っ赤に染めたのだった。
まあ、こういう寄り道も彼女となら悪くはない。
18112013(ひおさんより)
奇跡的に相互させていただいております『Apfelkuchen』のひお様より、五万打の御祝いということで、図々しくもリクエストさせていただき、そして、自由人と丸井を賜りました。私のようなカスカス文とは違い丁寧に、しかし自由人独特の雰囲気を素敵に表現していただき感無量(;ω;)
時期的には、中学3年の部活を引退した後のちょうど今ぐらいの季節、ということです。本当に有難うございます!!愛してます。
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