※一万打企画リクエスト
さら様「丸井/日常」
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「今日は本当に助かった。ありがとう」
「どういたしましてー」
土曜日の中高合同練習。いつも通り行われるはずが、少し早目のインフルエンザが高校生の間で蔓延しているらしく、その上テニス部はマネージャーが軒並みやられたらしい。高校生マネージャーがいなかろうが、少ない中学生マネがいれば練習はこなせなくはない。そもそもマネージャーがいなくとも、一日くらい練習は正常に動く。
しかし、より効率よく回すため、引退してはいるが1年間マネージャーの仕事を務めてきた苗字に臨時マネとして1日入ってもらうよう頼んだのだ。少し間が空いているとはいえ、彼女の仕事は手早く完璧で、何の問題も起こることなく合同練習は終了した。
それにしても、今日の練習はなかなか遅くまで続いた。日が沈むのがうんと早くなったせいで、既にあたりは真っ暗。
「一緒に帰るの久しぶり」
「そーだな」
彼女の言葉に少しドキリとする。確かに、部活を引退してからというもの、彼女と帰路を共にすることはほとんどなかった。一緒に帰りたくないわけではない。むしろ帰りたい。しかし、変わらず部活に出る俺と彼女とでは殆ど時間が合わないのだ。おまけに、部活のない日だってクラスが違う。相変わらず仲良くはしているつもりだけれど、それはただの友達の関係であって、なかなか思うようにはいかない。
そんな中でのこの機会。苗字の言葉。嬉しくないはずがない。いや、逆に意識し始めて、なんというか、普段通りに出来ない。
「……後ろ乗る?」
苗字の家までは自転車を押すのが定例だったが、ふと出てきたのはそんな言葉だった。すぐに、早く家に着くということは別れが早まるということに気付き後悔するのだけれども。
「乗らない」
彼女の返答は冷たく、簡潔だった。
「ライトもつけなよ」
あ、そういや暗いのに付け忘れてる。
「なかなか手厳しいのな」
「事故ったことがあるって言ったでしょ」
ウウウ。ライトの音は邪魔だけど、彼女の小さい声はしっかりと耳に届いた。
夏前にそんな事を話したこともあったなあ。"事故にあった"。それだけで詳細は何も聞いてはいない。彼女自身、話す気はさらさらなさそうだし。俺もなんとなく聞く気にはなれなかった。初めて見た彼女の中身・彼女の姿。だけど、それは見なくていいのなら見ないに越したことはない。
通り過ぎる車が彼女の横顔を照らす。やっぱり、彼女の表情はいつも読めない。だけど、それでいいと思う。
「ここまで言ったんだし、事故にあったら許さないからねー」
そして、苗字はへらっと笑った。気の抜けるような、いつも変わらないやる気のない笑み。
俺は今後一生交通ルールを破らないし、一生事故なんか合わない。今のところ俺は苗字の一番の友達なんだから。
「わかってるって」
一年で、彼女との最善の距離感というものを俺なりに理解したつもりだ。このまま、このままの距離でずっと一緒にいられたらと思う。
03092013 一万打企画
リクエストありがとうございました!
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