すいません、連れなので席を移っても構いませんかね。なんて綺麗な笑顔でお店の人の了承を得た彼女は、柳生を連れて隣の席に来た。
「映画、楽しかったねー」
…苗字は全て知っている。知ってるに違いない。だって、目が笑ってない。三人の顔をじっと見るだけだ。逆に、柳生が驚いていた。君たちもいらっしゃたんですか、なんて少々興奮気味である。
「ほら、何も悩む必要なかったでしょう」
ようやく苗字の表情が柔らかくなった。もちろん柳生に対してのものである。柳生もちょっと笑って理由を話してくれた。
「実はすごく見たい映画だったのですが、こんな時に誰かを誘うのも気が引けて。すると苗字さんが気にするな、一緒に観に行くと言って下さいまして」
なんだ、全然ラブラブなカップルのデートとか、そんな雰囲気じゃないじゃん。ほっとしたと同時に、やっぱり残念。
「いやあ、どうせならお誘いすればよかったですね」
「あ、違う違う。こいつらは別の映画観てたんだってよ」
「は??」
苗字以外の動きが止まる。一体どういうことでしょう…?
「ほら、柳生がこういうのは恥ずかしくて一緒には観れないって言ってたアレ」
「あの、『君が一瞬天使に見えた』ですか?…なるほど」
ここでようやく柳生が気付いたらしく、仁王を見て大きく溜め息を吐いた。もちろん俺たちも気付く。ええ?俺たち、全然違う映画観てたってこと?ラブシーン有り、洋画の大人の恋愛事情とか、そんなのが全くないスパイもの?へ?
…というわけで、一杯食わされたわけであります。
「苗字は俺たちに気付いてたのか」
「ちらっと姿が見えたもんで」
一芝居打った、と。仁王が苗字の詐欺に騙された、と。さすがはマネージャー。
「で、楽しかった?」
俺含む三人とも、肯定も否定も出来なかった。二人を探すので集中出来なかったのもあるし、そもそも内容が内容なだけに上手く答えられない…。
したり顔の苗字。こいつは面倒くさがりのくせに、こういったイタズラに関してはすごく回りくどく、かつ結構なダメージを伴うものを用意したりする。…性悪すぎる。
だけど、こんな時でも相変わらずマイペースで、なんだかんだで俺たちを元気付けてくれる。それが彼女が意図してなのか、そうでないのかは俺でもさっぱりだけど。
そう、こんな時でも。
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