「苗字さん、だよね」
昼休みの学食。既に混み合う時間は過ぎており、空いている席もある。そんな中で新しく出来た友人と食後のだらだらした時間を過ごす彼女を見つけ、近付く。一緒にいた女子二人は、ちょっといいかなと幸村くんが笑うと、逃げるように去って行った。そして、彼女に向き直り、簡単に自己紹介をしてから…
「もし良ければなんだけど、テニス部のマネージャー、してくれないかな」
もちろん、勧誘である。クラスメイトの俺と仁王、そして幸村くんと真田と柳で早速来たわけだ。ちなみに、もし良ければ、なんて幸村くんが考えているはずがない。絶対落とす気である。あの笑みがそう物語っている…と後ろにいた一同が考えた確率92%。
「んー、遠慮しときます」
幸村くんの黒い何かに苗字が気付くこともなく、あっさりと断りを入れる。いや、黒い何か抜きにしても美少年・幸村くんの輝かしい微笑みを見れば、大抵の女子は落ちるんだけどな。
「雑務ばかりになるのは大変申し訳ないが、マネージャーの仕事も体力を相当要する。我がテニス部が人手不足この時期に、君のような人材が必要だ」
すかさず柳のフォロー。
すると、飄々とした表情しか見せなかった彼女が、ここにきてようやく違ったものを見せた。それは幸村くんや柳に落ちたってわけじゃなく、寧ろ悪い方。眉間に皺を寄せて難しい顔をした。
「そもそも、女の子たちからテニス部に関わらない方が良いって言われてるんですよね」
女子って本当にいらないことをするよな。と思ってたら、幸村くんから舌打ちのようなものが聞こえた。…気のせいだろう、たぶん。
彼女の返答に俺たちは押し黙る他なく、次の口説き文句を紡ぐ前に予鈴が鳴ったので、では、と気にする様子もなく彼女は教室に帰っていった。なかなかに手強い。
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