幸村くんの悲痛な声は、病室を越え、廊下の俺たちの元にも届く。胸が締め付けられる。どうすればいいんだよ。何でこんなことになんだよ。何で、幸村くんがこんな目に、合わなくちゃいけないのか。…わかんねえよ。
足が重く、張り付いてるようで。恐くて。辛くて。だけど、どうしようもなくて。誰も一歩もその場から動けなかった。
それなのに、彼女は。
今日だけは、その涼しい顔をして帰ろうとする彼女に無性に腹が立った。
「……っ!」
誰ひとりとして反応出来なかった。動いたのは赤也。倒れた苗字。赤也の目は赤く染まっていた。赤也が、苗字を殴った。
「何で、お前、そんな冷静なんだよ。部長が辛い思いしてんのに、よく、そんな、態度で…」
柳生とジャッカルが直ぐに駆け寄る。しかし、彼女は二人の手も借りず、ふらりと立ち上がった。
「切原、前も言ったけど」
「………」
「私にどうして欲しいの?」
冷たい目。低い声。
「私にして欲しいことを自分ですればいいじゃない。何で私がそうしないのか、何でお前がそうしないのか、わかってんじゃないの?」
「…どうしろってんだよ」
俺たちは部屋に入って、幸村くんを慰めることもできない。廊下で無意味に立ち尽くすことしかできない。…苗字が一番合理的だ。だけど、彼女も一緒に悩んで、苦しんでもらわないと納得がいかない。彼女が幸村くんを救ってくれるなんて…。今はどうしようもないってわかってるはずなのに。
赤也は頭を抱えてしゃがみこんだ。
それからの出来事はあまりにも展開が早すぎて、誰もついていけなかった。
まず、苗字は廊下の真ん中に座り込んだ赤也に近付き、手加減なしに蹴り倒した。
次に、彼女は幸村くんの病室の扉を、ものすごい音を立てて開き、そんで入って行った。
最後に、また一瞬にして扉が開き、すごい速さで俺たちの前から彼女は去って行った。
何が、起こったのやら。
蹴り倒された格好のままの赤也を、全員で見つめるしかなかった。
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