「今度の日曜、暇かな」
「んー…」
「美術館、行かない?」
「わかった」
苗字は映画が好きだったり、音楽の好みも幅広かったりするけど、絵画にも関心があるということは俺だけが知ってる。いや、柳は既に知ってるかもしれないけど。
駅前で待ち合わせて、私服の彼女と並んで歩く。まるでデートだ。まるで、というか、デートなんだけど、彼女にはそんな気全くないんだろうなあ。
とはいえ、美術館に入るまでは一緒だった彼女とも入館後は離れ、館内はお互い好きに見て回ることにした。俺が出口に来る頃には既に苗字は椅子に座って待機していた。ついでに、あくびも。一緒に来た意味があるのかなんて言われるかもしれないけど、俺は充分満足している。
陽射しを避けるように、その後、落ち着いた雰囲気の喫茶店に入った。彼女は遠慮なくケーキセットを頼む。丸井に負けず劣らず甘いものが好きなようで。女の子だからかな。…女の子なんだっけ。
「苗字」
「んー」
「今まで、ありがとう」
何だか、別れを切り出すカップルのようだ。全然甘い雰囲気なんてないのだけど。だけど、そうだな。少し似たようなものかもしれない。
俺と彼女の関係は、周りの他の奴らとは少し違っていた。最初からではない。俺が、病気で倒れてからだ。
彼女は、表に自分の優しさを表さない。だけど、素っ気ないながらも必ずメールは返ってきたし、頼み事をすれば了承の返事はなくとも実行してくれた。それは彼女なりに、俺が寂しくならないように気遣ってくれていたからだった。特別に。俺は有り難くその優しさを黙って享受し、甘えてきた。
その関係も、そろそろ終わりかなあ、なんて。
「これからは、みんなと同じでいいよ」
「そ」
苗字は最後に残った一口を口に入れ、しばらく咀嚼のために黙り込む。決してすごく美味しそうな表情ではないけど、一年いるとそれが"美味しい"を意味するものだってなんとなくわかるようになるものだ。
「けど、一度付いたクセってなかなか取れないもんだよ」
「そう?」
このまま甘えていたい、なんて気も実はある。だけど、それだと他の奴らから出遅れた感じがして、なんだか悔しい。
まあ、彼女を見てると、何にも焦る必要はないって、思ったりもするんだけど。
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