「丸井」
朝練が終わり、教室に向かう時の事だ。
「今日、誕生日なんだって?」
一瞬、世界が止まった。…というのは言い過ぎだけど、思考はストップ。柄にもなく、彼女が誕生日を知っていたことに感動している。どうしよう、すごく嬉しい。自分のことにも他人のことにも関心の薄い苗字が、俺の、誕生日を…!
「おめでとう」
「ありがとう!」
ちょっと前に仁王が祝ってやれって言ってたんだよ、だと。仁王に感謝してもしきれないかも。何故、俺はこんなに喜んでるんだろう。わからない。けど、嬉しいものは嬉しい。
彼女はいつもの通り大きくあくびをして、ぺたぺたと靴を鳴らした。
ん?
「………それだけ?」
「え?」
ちょっと前からわかってたんなら、何か用意してくれたって良くないか。彼女はさらさらそんな気はなかったようで、俺の言葉の意図を汲んでからも訳がわからないという顔をした。
「どいつもこいつも、何でそんなに物を要求するかな」
そういやバレンタインに仁王や幸村くんにたかられてたんだっけ。その度に、そんなものはない、と苛ついてたんだっけ。バレンタインの時は、女子だってことすら若干忘れてたから、気にもしていなかったけども。
「俺ら、もう充分仲良くなっただろい?誕生日に何かくれるくらいには…」
自分で言っててちょっと恥ずかしい。でも、彼女が何を考えてるかよくわかってなくても、仲は良くなってるって思いたい。欲しいものは欲しい。
ふう、と彼女は息を吐いた。
「そうだね。丸井なら仕方ないかな」
何がいいの?ちょっと呆れた笑いだったけど、なんか、本当に、それだけで満足だった。何も貰ってないのに。
俺、今日はちょっと変なのかもしれない。何も貰ってないのに。とはいえ、ちゃっかりリクエストは出しておいた。後日が楽しみである。
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