「ありゃあ?」
朝練が終わって、のろのろと教室で向かう。下駄箱に至ったとき、そこで気付いた。…………俺の上履きが、ない。俺の靴箱に、上履きが、ない?
「あー、悪いね」
後ろから気の抜けた声が聞こえてきたので振り返ると、ふわわ、と大きなあくびをした苗字だった。
「丸井の上履き、私のとこに入ってる」
「は?」
ほんとだ。指で示された女子の方の靴箱に、丸井、と書かれた上履き。…………いや、でも何で?つーか自分の上履きはどうしたんだよ。と、思ったら、彼女はほら、と使われていない外れた靴箱を指差す。そこに真新しい上履き。何故そんな場所を使っているのか。
「ここ三日間続けて、私の靴箱がゴミだらけになってたからさあ」
あー、なるほど。とうとう嫌がらせが始まったってことなのか。暗い気分になる俺とはうってかわって、彼女はからからと笑った。
「でも驚いただろうね。今日は標的の靴箱に大好きな丸井くんの汚い上履きが入ってるんだもんね」
汚いは余計だろ。他の男子に比べたら断然綺麗だっつーに。まあ、新品のおまえのに比べればそうかもしれないが…。それにしても、
「よく笑えんな」
「テニス部はそういう人材が欲しかったんじゃなかったっけ」
言った後で、気付いた。こんな状況にあっても、うじうじしないマネージャーを求めたのは俺たちだ。けど、本当にそれで良かったのか。マネージャーになれって、いじめられに来いと言ってるのと同じなんじゃないかな。…本人は本当に気にしてないみたいだが。
「これから俺の靴箱使えば?あいつらも俺のには手出し出来ねーだろい」
「そりゃ助かる」
せめて、俺が出来ることといえばこんなことくらいだ。せめて、あんだけよくやってくれるマネージャーの、負担が小さくなってくれたら、と思う。
「好きな人の上履きを履いて三歩歩くと両思いになるってジンクスがあるんだって」
何じゃそりゃ。見るとおかしそうに笑っていた。彼女はたまに、大きくは笑わないものの、意地悪くにやりとすることがある。
「丸井くんにもうすぐ彼女が出来るかもね」
「はあ?!」
冗談キツいわ…。
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