特に予定もなく、学校から真っ直ぐ自宅へ帰宅すると、ドアを開け玄関へ入った瞬間携帯電話の着信音が鳴り響いた。

「……誰だろう」

画面には非通知の文字。一瞬出るのを躊躇ったが間違いならそうと伝えればいいだろうと思い、通話ボタンを押し、耳に当てる。


「もしもし」

「こんにちは。大町アヤノ様でお間違いないですね?」


電話越しに聞こえる男の声に聞き覚えはない。非通知での通話、私だと確信している口振りに少し不信感を覚える。イタズラ電話だろうか。


「はい、そうですけど」

「大町様、よく聞いてください。貴女には二つの選択肢しか残っていませんので」


男は名乗らず、そう言った。



「急になんですか?二つの選択肢って、わけわからない事を……」

「これからご説明致します、―――」






電話の男が話したのは、私の兄についてだった。

事故で両親を亡くしてからは兄が働き、私の生活を支えてくれている。
少し前、兄から久しぶりに顔を見に行くと連絡があった。日にちは聞いておらず、その後連絡もない為、仕事が忙しいのだろうと思っていたのだが。



兄は学園都市にいる。
そう、電話の男は私に告げた。

そして、兄は今、人質にとられている。
表向きにされていない、学園都市の裏に関わる事件に、兄は巻き込まれたらしい。



そして男が言った二つの選択肢。


私が“暗部”に入るか入らないか。

私がイエスと言えば、直ちに兄を保護する。
私がノーと言えば、兄を、見殺しにする。


そう、軽い調子で電話の男は私に問いかけた。
すぐに状況が飲み込めず、必死に頭の中を整理する。

何故この男は兄が人質にとられている事を知っている?
何故この男が保護するか見殺しにするかの権利を持っている?
何故私が“暗部”に入るかどうかの交渉をする?

――――兄を人質にとっているのはこの男だ。

“暗部”という組織に私を入れる為の取引に、兄が利用されたと言う事か。
そうならば、断る権利など、私にはなかった。


なにがなんでも、兄だけは、私に残された唯一の家族だけは、守らなければ。



「……もしもし」

「はい、お返事は決まりましたか?」


怒りのような、悲しみのような、よくわからない感情が渦巻く。
一度、目を瞑り大きく息を吐いた。


「……“暗部”って言うのがなんなのか知らないけど、兄が助かるのなら私は何でもやります。だけどもし兄が無事じゃなかったら、私は貴方を殺しますから」

「いいお返事です」


そして通話は切れた。



きっと、友達のイタズラだ。
もしかしたら、兄が驚かせたくてこんな電話してきたのかもしれない。

玄関にへたり込み、そんな事ばかり考えていた。
どのくらい時間が経ったかわからない。
現実を受け入れられない脳に、着信音が響いた。

ハッとして画面を見ると、兄からだった。


「もしもし、お兄ちゃん!?」

「アヤノ!お前無事か!?」

「なんのこと!?私はなんにもないよ、お兄ちゃんこそ会いに来るって言って全然連絡くれなかったけど平気?仕事忙しいの?だったら無理してこっち来なくて大丈夫だから……」

「アヤノ、驚くかもしれないが聞いてくれ」

聞きたくない、そう思いながらも兄の言葉を聞く。


「実は俺、今まで監禁されてたんだ。学園都市に来た後、誰かに襲われて気づけば閉じ込められてた。だけどさっきやっと助けが来たんだ。それでお前の身が心配になって電話した」


そうか、やっぱりイタズラじゃなかったんだ。
兄は私のせいで危ない思いをしたんだ。

「助かってよかった……私はなんにもないよ、お兄ちゃん大丈夫なの?なにかされてない?」

「ああ、ただ閉じ込められてただけだ。飲まず食わずで死ぬかと思ったけどな。お前になにもなくてよかったよ。それでな、」


兄の言葉に嫌な予感がした。

「助けてくれた人から仕事を紹介されたんだ。学園都市も最近は物騒だから家族の近くにいてあげた方がいいって言われてさ。俺も事件に巻き込まれたばかりで心配だし、連れ帰ろうかとも思ったんだけどさ。お前、能力者として結構優秀なんだってな。お前の才能を蔑ろにしたくないし、俺が学園都市に移る事にしたよ」


兄の言葉が遠く感じた。
理解したくないが、私が逃げない為に、兄があの男に、“学園都市の裏”に縛られたと言う事だ。


何故こうなったんだろう。何故私に目をつけた。私は一体これからどうなっていくのか。
楽しい学園生活は。私の生活はどう変わってしまうのか。


考えたって何もわかるはずがない。


私が今まで知り得なかったような、暗い何かが待っているんだろう。

きっと文字通り、“暗部”はそういう場所なんだ。



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