ちょっとした悪戯心


旨そうなカレーの匂いが漂い始め、否応なしに腹が反応する。

――随分、手慣れとる・・・。

包丁でジャガイモやら人参の皮を剥く名字の手付きに迷い等は全く見えず、他の女子よりも上手くさえ見えた。


「・・・旨そうじゃな」

「あっ、えーっと・・・仁王君」


鍋に入ったカレーを掻き混ぜる名字に、背後から声を掛けた。

驚きながらも振り返った名字は確認する様に俺の名前を口にする。

今日までこれといった接点がなかったのだから仕方ないと言えば仕方ないのだけれど、名字の中では俺は名前さえ疎覚えなのだろう。

他の女子の様な反応されても困るが、これはこれで面白くない。

―自分がひねくれた性格であるのはとうの昔に自覚済みだ。


「カレーって簡単だけど、それぞれの家の個性が出るから案外奥が深いんだよねぇ」

「そういうもんかのぅ」


俺が今どんな事を考えているか知りもしない名字は、カレーを混ぜながら独り言の様に言葉を発する。

既に名字の視界にはカレーしかなく、俺に背を向けている。

料理の邪魔になるからと結い上げられた髪。

その間から覗くのは不健康な白い肌と、俺が力を込めれば折れてしまいそうな細い首筋。

それをじっと見つめているうちに、ちょっとした悪戯心が沸き上がってくる。


(・・・そんな無防備な背中を見せるんじゃなかよ)


ゆっくりと足音を消して名字との距離を詰める。

もう少しで名字の体をこの腕の中に閉じ込められそうだというところで、


「名字・・・さ、さんっ!ご飯が炊けたぜ・・・ました。って仁王、何やってんだよいっ!!」

「・・・プリッ」


かなり色々と無理しているブン太に邪魔されてしまった。




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