バスが走り出して数時間が経過した。 騒がしい車内に無意識に眉間に皺が寄っていく。 しかし、この状況がクラスの仲を良くする為には必要な事で、それがこのレクリエーションの意味でもあるとは理解している。 (しかし、こうも騒がしいのは…) 嫌いではないが、苦手だ。 ふぅと息を吐き読んでいた本を閉じた。 蓮二からバスの中での暇つぶしにでもと渡された本は、とても興味深い内容だった。 流石、蓮二だと自然と思えてしまうくらい、自分の趣味に合っていた。 しかし、隣に座る名字はどうなのだろうと思う。 『こんなに遠出するの、久々…』 バスが動き始めた時、名字は瞳を輝かせながらそう言っていた。 その言葉から、入院以来初めての遠出なのだと分かった。 自分が隣では、名字は楽しめないのではないか? そんな事を思いながら隣を見てみれば、彼女の頭がグラグラと揺れている。 「…名字?」 一応、声をかけてみたが反応はない。 寝てしまったのか・・・。 そんな時、バスがカーブに差し掛かり車内が大きく揺れた。 「・・・っ?!」 不安定に揺れる彼女の頭が窓ガラスに勢いよく向かっていくのが分かり、“危ない”と思うよりも早く、体が動いてしまっていた。 腕を伸ばし、窓ガラスと名字の頭の間に自分の手を入れて、ぶつかる前に彼女の頭を受け止める事に成功した。 彼女の頭と窓ガラスがぶつかる事もなく、名字が目を覚ます事もなかった。 (…しかし、どうすればいいのだ?) 起こすのが偲びないくらい、名字は気持ちよさそうに眠っている。 その反対に、俺の体は自分でも驚くくらい固まってしまっている。 不可抗力とはいえ、女子の体(いや、頭ではあるが)に触れてしまったのだ。 そして、緊張のせいかプルプルと震え始める腕。 名字は俺の腕を枕代わりにして眠っていて、彼女の髪の感触や時折香る甘い匂いに目眩がしそうだ。 (・・・耐えるのだっ、真田弦一郎!) テニスの試合以上に精神的に鍛えられている気がした。 →next |