「えっと…忍足君だよね?」


名字の第一声がこれやった。

彼女が放課後にいつもいるというアトリエ変わりの教室に入ると、すでに描き終えたらしく片付け中やった。

急に現れた俺に多少驚いたみたいやったけど、直ぐにいつもの表情に戻る。


「前から名字さんと話してみたかってん」

「そっか、だからいつも様子を伺うように見てたんだね」

「?!…気付いとったんか?」


"勿論"と笑う彼女。

それに釣られるように俺も苦笑した。


「跡部と喧嘩でもしたん?」


部活で八つ当たりする跡部について話すと、彼女は「それは大変だねぇ」と他人事の様に返す。

その言葉に驚きながらも「自分、跡部の彼女なんやろ?」と尋ねると、予想外な答えが返ってきた。


「違うよ、跡部君とはただの幼なじみ」


その答えに、再度俺は驚いてしまった。

跡部が彼女に向ける視線は間違いなく、愛しい人に向けるモノやのに…。


「…せやったら、俺と付き合わへん?」


女受けする笑顔を彼女に向ければ、名字はそれは楽しそうに笑い出した。


「何がそんなに可笑しいん?」





「嫌いな人にそんな事言うなんて、自虐趣味でもあるの?」





名字のその言葉に、俺は絶句した。

"嫌いな人"正にその通りやった。
いつも微笑んどって、跡部から当たり前の様に大切にされとる。

名字を観察すればするほど、嫌いになっていった。

いや、初めて名字の絵を見た時から嫌いやった。

何か有名な賞を受賞した名字の絵、その優しい世界を見た時に俺がやけに汚い人間の様に思えて仕方なかった。


「…何でバレたんかなぁ」


名字はクスクスと笑いながら、俺を見ていた。その姿を見て、余計に名字の事が嫌いになりそうやった。


「忍足君には、よっぽど私が"聖人君子"に見えるみたいね」


違うとでも言うんか?あんな絵が描けるちゅーことは、そういう事やろ?

意味有り気な視線を名字に向ければ、名字は一冊のスケッチブックを棚から取り出して俺に渡してきた。

困惑しながらも、ページを巡っていく。


「っ?!…これ………」

「これも私の作品の1つなんだよ」


あるページを見て、俺は息を飲んだ。


「…それじゃ、バイバイ」


戸惑う俺を1人残して、名字は何事も無かったかのように部屋を出ていった。


「ハハ…、なるほどなぁ…」


どうやら俺は大きな勘違いをしてたらしい。


「降参や…"名前"」


誰もいない部屋で、1人呟いた。








◆忍足侑士の見解◆
  俺の魂を一瞬で魅了した女
  (彼女やったら、こんな俺を理解してくれる)



 090806 加筆修正


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