俺の祖父の友人の孫だった名前。

初めて会ったのは互いに6歳の時だった。そして、お互いの祖父が亡った後も定期的に連絡を取っていたし、会ってもいた。

物心が付く前から"跡部財閥"の跡継ぎとしてしか見られなかった俺に、初めて、そして唯一普通に接してくれた名前。

悪い事をすれば怒ったし、寂しい時には一緒に寝てくれた。悲しい時には俺の涙を拭ってくれた。

友達だったはずが、母であり姉であり、妹であり……気が付けば俺にとって唯一の存在になっていた。


「近頃、ちゃんと寝てないでしょ?」

「…………」

「無理しないで、なんて言わないけど…ちゃんと息抜きもしてね」

「……今してる…」


そう言った後、ギュッと名前を抱き締める腕に力を入れれば、「それはなにより…」とクスクス笑いながら返事を返してきた。

"跡部景吾"でいる事を不満に思った事はない。寧ろ恵まれていると思う。

けれど、たまに息苦しくなる時がある。

悔しいが俺はまだ子供なのだ。親や教師、周りの奴等の期待に…プレッシャーに押し潰されそうになる。


そんな俺を唯一名前だけが癒して―解放してくれる。


「今日はちゃんと眠れそう?」

「……名前が一緒に寝てくれるなら…な」

「はいはい」


俺と名前が男と女の関係になった事は一度もない。ただ同じベッドで、抱き締め合って眠るだけだ。

かと言って、抱きたいと思った事がないワケじゃない。俺は名前が欲しくて仕方がない。

けれど、名前は俺を求めてはくれない。俺に何も求めはしない。俺の欲しいモノを惜しみなく与えてくれるが、一番欲しいモノは与えてはくれない。

だから俺は彼女という代用品―どこかしら名前に似た女―を抱く事で我慢するしかない。

名前という人間が大切すぎて、失うのが怖い。

強引に迫って、拒絶され俺の傍からいなくなってしまったら…。

俺は俺でいられなくなる。


「もうそろそろ帰ろうか、景吾」

「あぁ…、そうだな」


名残惜しいが名前から手を離す。


「今日の夕食は何かな?」

「名前の食いたい物を用意してやるよ」

「ん〜、そうだなぁ…」


名前を失うくらいなら、俺はこの想いを心の奥底に深く沈める。

そんな今にも溢れそうな想いを抱えながら、今夜俺は名前を抱き締めて眠るのだろう。











◆跡部景吾の見解◆
  俺にとって唯一無二の女
  (どんなに辛くても手放せない)



 090801 加筆修正



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