甲斐から奥州へ戻り既に一月が過ぎた。

結局、あの簪は戻って来たその日に棚の奥へと閉まったままで、あれから一度も目にしてはいない。

これでいい・・・。

いつの日にかこの想いが消えた時、あんな事もあったなぁとその簪を見て笑える日が来るまで閉まっておくつもりだ。

そんなある日の事、思いがけない話が持ち上がったのだった。

いや、今までそういった話が無かったのが不思議だったのだ。

戦国の世が落ち着きを取り戻し平穏な日々が続く今だからこそ、こういった話が持ち上がった。


――政宗様のお世継問題。


政宗様の歳であれば奥方が居ない方が稀であろう事は十二分に承知しているし、今までは戦ばかりでそれどころでは無かった。

だからこそ、平穏である今のうちに・・・という家臣達の思いなのだ。

そして、まるで見合わせたかのように然る大名の娘の名前が上がった。

確かにこの縁談は伊達家にとっていい話であるが、政宗様が正室に望んでいるのは名前、ただ一人なのだ。









その話が持ち上がってから、その話は聞きたくないとばかりに政宗様は部屋に閉じ籠る事が多くなった。


「・・・小十郎」

「はっ」


「・・・オレは、・・・いや何でもねぇ」


政宗様は口を閉ざし、酒を煽るように呑んだ。

どんなに政宗様が名前を想っていても、名前が聡明な娘であっても、家臣達が納得しなければ意味などありはしない。

家臣達に名前の話をしたところで、家臣達の間だけでなく、相手の大名とも揉めるのは明白。

この城で働く女中でさえ、それなりの身分を持つ娘だというのに、正室がただの町娘という事に誰が納得出来るというのか・・・。

いや、そうではない。

俺は単に恐れているのだ。

政宗様の為にと最もらしい理由を付けて沈めた名前への想いが、再び蘇るのを・・・。

そして、幸せそうに寄り添う二人を見たくはないと心の片隅で思っているのだ。

グッと握り締めた拳、こんな時に政宗様よりも自分の気持ちを優先しそうになる自分が不甲斐なかった。




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