結局、俺はその簪を買ってしまった。


(・・・やるワケにはいかないというのに)


そう、俺にはこの簪を彼女に贈る理由もないし、そんな立場でもないのだ。

奥州に住む彼女の名前は名前と言い、身分を持たない町娘であった。

両親は既に亡くなったらしく、長屋に一人で住んでいた。

娘が自分自身で生計を立ている、そのせいで随分と貧しい生活を送っていた。

そんな娘との出会いは――政宗様の後を付けた時だった。

いつも以上に政宗様がお忍びで城下に行く事が多くなった。

それに気付いた俺は政宗様に悟られないように、後を付ける事にした。

それまでに何度か政宗様な尋ねたのだが、答えてはもらえなかったからだ。

何か厄介な事に巻き込まれているのではないか、何か厄介な事を企んでいるのではないか、そう思ったからだ。

後者ならまだ良いが、そんな不安を抱えていた俺が見たのは、ある娘と仲睦まじく過ごす政宗様の姿だった。

長年政宗様にお仕えしていた俺でさえ、あの様な穏やかな顔をされた政宗様を見た事がなかった。

最初はその娘を警戒していたし、良くは思っていなかった。

だが、俺はその娘を観察しているうちに気付いたのだ。

名前は町娘にしては動作に品があり、また聡明でもあった。

もしかすると、以前はそれなりの身分を持つ家の娘だったのかもしれないと思った程だ。

そう、この簪を目にした時に似合うだろうと思い浮かべた娘は、政宗様を慕っているのだ。

そしてまた、政宗様もその娘を大切に思っている。




――もとから俺が入る余地など、全く無いのだ。




懐に閉まった行き場の無い簪が、やけに重たく感じた。




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