睫毛の濡らし方 | ナノ



私が彼女に出会ったのは、高校へ入学した時だった。新入生で混み合う校門の前、凛とした表情で桜の木を見つめていた姿は今でも忘れられない。同じクラスで席が隣になったことをどれ程喜んだだろうか。その時からずっと、私は彼女の横に居る。病める時も健やかなる時も、片時も離れず、ずっとだ。

彼女には大きな夢があった。それはこの狭い日本では成し遂げることのできない、大きな夢だった。彼女はその夢を果たすために高校を卒業すると同時に海外へ旅立つ。それを知ったクラスメイト達は彼女に色紙や花束を特別に用意したらしく、卒業式が終わり帰路につくころには、彼女の荷物は倍に増えていた。


「みんな大袈裟よね、一生会えない訳じゃないのに」


そういって彼女は笑った。彼女は人気者なのだ。大人びていて、頼りになって、美人で、秀才で。そんな存在が簡単には会えない場所へ旅立つとなると、寂しくなるのは当たり前だ。私はその中でも、特別に寂しかった。というより苦しかった。まるで酸素を奪われたかのように苦しい。彼女は私にとっての全てであり、唯一無二の存在なのだ。

しかし、全てを持ち合わせている彼女にとって私はただの友達の一人であろう。たとえ故郷に全て置いて行ったとしても、また新しい地で、全てを揃えてしまうだろう。私は換の利く消耗品なのだ、と自己嫌悪に陥る。俯く私を玲名、と呼びながら彼女が心配そうに覗き込んだ。


「…言うつもりはなかったんだけど、やっぱり、伝えたいの」


聞いてくれる?と私の手を握る彼女の掌は普段よりも熱を持っていた。顔を上げると、私の大好きな彼女がいた。それだけで涙が溢れそうだ。


「玲名は私の全てなの」
「貴方がいないと私、呼吸もできない、生きていけないわ」
「だから、ねぇ、玲名」


その先の言葉を聞く前に、私は彼女の胸に飛びつき、声を上げて泣いた。母親にしがみつく子供のように。彼女は震える背中を優しく撫ぜた。幼子をあやす母親のように。





title:ジューン



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