そうして僕らは大人になる | ナノ


陽射しがじりじりと照りつけるこの暑い日に、私は風邪を引き寝込んでしまった。しかも両親共に出張に出ており今は独りきりだ。なんてタイミングの悪いことだろう。覚束ない足取りで冷蔵庫まで辿り着き、ボトルに入ったミネラルウォーターで喉の渇きを癒す。近くにはいざという時の薬箱があるが、生憎風邪薬は切れていた。病院が嫌いな私は体調を崩す度に市販の薬でなんとか回復してきた。故に薬箱の中身はほぼ私が消費していることとなる。買い足すことを母親にお願いしなかった私のミスから招いたのが今の現状だ。本当に、悪い事は重なるものだ。


台所から自身の寝室へ戻ろうとした時、玄関のチャイムが鳴った。インターホンで出ようとしたが、喉が枯れて声が殆ど出ないため、今回は仕方なくそのまま玄関へと向かった。覗き窓を覗くと、そこには見覚えのある黒とオレンジ色のロゴが映った。


「大丈夫か?」
「し、んた、ろ」
「声が出にくいのだな」


ドアを開けると、ジャージ姿の真太郎がいた。真太郎は私の幼馴染で、向かいの家に住んでいる。家族ぐるみで仲良くさせてもらっているので、大方両親が私の世話を真太郎の両親に頼んでいたのだろう。手には近くの薬局とコンビニの袋を持っていた。


「薬は?」
「今、切れて、て」
「熱は?」
「8、度、後半」
「全く、何故病院に行かないのだよ」


それよりも、部活はどうしたのだろう。夏休みといえど、平日のこの時間は学校でバスケの練習をしている筈だ。尋ねようとするが、咳込み上手く言葉にならなかった。


「俺の心配はしなくていい。今日は1回目の我儘をここで使わせてもらっただけだ」
「?、なに、そ、れ」
「そんな事より、早く横になった方がいい」


歩けるか?と真太郎は私の顔を覗き込んだ。身体を病んでいる時は、誰かに甘えたくなるとよくいうが、それはどうやら嘘ではないらしい。心配そうな表情で美しい瞳に見つめられると、甘えずにはいられなかった。静かに首を横に振ると、真太郎は軽々しく私を抱え、寝室へと向かった。


背中に柔らかな布団の感触を感じた瞬間、真太郎の身体は離れていった。残った真太郎の匂いが名残惜しい。何か腹に入れろとか、薬もちゃんと飲めとか言いながら、真太郎はテーブルに私の大好きなオレンジゼリーと市販の風邪薬を並べていた。その姿はとても懐かしく感じた。私の部屋に真太郎が居るなんて何年振りだろう。


「しんちゃ、ん」
「な、」


掠れる声で真太郎の名前を呼んだ。幼い頃は真ちゃん、とずっと呼んでいたのだ。


「しんちゃ、しんちゃん」


意識が朦朧としていく中、私は真太郎の名前を何度も呼んだ。(ずっと待ってたんだよ、またあの時みたいに、私の部屋にきて、たくさん、たくさん話をしようよ、一緒に寝転んで、お昼寝しようよ。真ちゃん、私を置いて大人にならないで、独りにしないでよ)声にならない、空気だけが喉を通る。頬に生暖かい涙が伝って、そこで私は意識を手放した。



△▼△



目を開くと、カーテンから差し込む光は、陽射しから月光へと変わっていた。随分長い時間眠ってしまったのだろう。起き上がろうとすると、手に私とは別の体温を感じた。手元に視線を移すと、真太郎が私の手を握り、静かに眠っていた。あれからずっと、側に居てくれたのかと思うと、愛しくて愛しくて、仕方なかった。すると真太郎は目を覚まし、私と視線を交えた。


「しんちゃん」
「…待たせて悪かった」
「え、?」
「置いてなどいくものか」


そういって真太郎は私を掻き抱いた。強く強く、けれど優しく私を抱き締める真太郎の身体はとても暖かかった。離れてしまったと思った真ちゃんをこんなに近くに感じられて、再び涙が零れ落ちる。しんちゃん、しんちゃんと名前を呼び続ける私の頭を、真ちゃんは何度も何度も撫でてくれた。


私が元気になったら、他愛のない話をして、一緒に笑おう。そして狭くなったベッドで、並んでお昼寝をしよう。私が小さな声でそう呟くと、真ちゃんは楽しみだな、と柔らかく微笑んだ。




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