★夢を、見るのよ
2014/04/28 23:24

深く深く、沈む闇。
「………っ、……ぅ、あ………」
黒く黒く、痛む傷。
「……っ……ぐっ……」
心が痛みを忘れない。脳が感触を忘れない。
想起され、再現されるあの景色。
崩れ落ちる虚像の城。
抱いた冷たい人の形。
全身の傷に喘ぎ、壁に身体を預けたその直後。
頭上より降り注ぐ、巨大な――――

「――――ッ!!」
真夜中。
リリスは、とある小さなアパートの一室で目を覚ました。
まだ肌寒い季節だというのに、全身を冷や汗が伝っている感覚がする。
(……また、あの夢)
そう。
彼女は、自分が鏡像だった頃の記憶を夢に見る事があった。
今ではすっかり冗談を言い合う仲だった相方と、辛辣な言葉のやり取りをした時のこと。
殆ど無感動に、晶術で村ごと人を消し飛ばした時のこと。
上司である少女の形をした何かに、制裁を受けた時のこと。
――そして、自分の最期。

(気持ち悪い……)
ベッドから抜け出し、タオルを取り出す。
濡らしたタオルで身体を軽く拭きながら、リリスは先程の悪夢を反芻する。
「………」
最期は、独りだった。
死体を抱えて独り、魂が抜け落ちたようになりながら、崩れ落ちた天井に押し潰された。
「………っ、……」
余りにも惨い、無慈悲な死。
今でも全身に死の感覚が蘇ってくる気すらする。

しかし、自分が奪った命の数を考えれば、あれはむしろ生温い罰だった、とリリスは考えていた。
そして、いつも思ってしまう。
自分は、ここに生きていて良いのかと。
こんな、都合の良いことがあって良いのかと。
「………はぁ」
溜息を一つ。
考えても答えは出ないのだから、今はとっとと寝てしまおう。
そう結論付けて、リリスはベッドへと戻ろうとした。

しかし。

「………っ……」
それでも記憶がリリスを苛んだ。
忘れようとしても、離れようとしても、呪いのような罪の意識が精神を蝕んでいく。
胸が抉られるような感覚に立ち止まり、苦しげに呻くと、ベッドの一段目がもそもそと動いた。
「……リリス?」
むくり、と起き上がる金色のリオンは、まだ寝ぼけているような声だった。
当然といえば当然だ。
今は、午前二時半を回った所である。
「……どうしたんだよ……まだ朝じゃねぇぞ……」
眠そうなその声は、すっかりこの日常に溶け込んだ少年の声。
夢で死んでいたリオンのその様に、胸が切なくなるのを感じ、次の瞬間、リリスは泣いていた。
「……っく………っ、うぇ……」
ぼたぼたと、大粒の涙が床へと落ちる。
心に溜まった痛みが、涙となって零れ落ちる。
「リリス!? おい、どうした!?」
慌ててリオンが飛び起きる。
基本的に表情を変えない相方がボロボロ泣く様は彼からしても珍しかったらしい。
「……ぐずっ……リオン……」
涙に濡れたリリスの声。
「ああ、なん――」
応える声を、爆弾が押し潰した。
「そっちで寝る……すんっ」
「えっ」


狭い部屋狭いベッドは、当然二人で寝るにはきつい。
しかし、そんな事はお構いなしに、リリスはぴったりとリオンに抱きついている。
「……どうしたんだよ、珍しい」
そんなリリスの様子にリオンは困惑した様子で聞いた。
泣くことも抱きついてくることも、極めて珍しかった。
「……夢を、見るのよ」
「夢?」
「……私が、死ぬ時の……」
「……!」
さっ、とリオンの顔色が変わる。
「………そうか」
「……こわ、くて。わたし、生きてちゃ、だめなんじゃ、っ、ないかって」
「…………」
泣きじゃくるリリスの黒髪に、リオンの手が優しく触れた。
「……あのさ」
「っく、なに……?」
今度は、リオンからリリスを抱きしめる。
「ごめんな、先に死んじまって」
「……!」
「俺さ、後悔してたんだ。俺だけ先に死んじまったこと」
ぽつり、ぽつりとリオンは心を打ち明ける。
「な、んで」
「だって、お前辛かったんだろ? お前が辛そうな顔してんの嫌なんだよ」
照れ臭そうに、でも顔は逸らさずに。
「………」
「だから、今度はぜってーお前より長く生きる。お前が嫌そうな事はやらねぇ」
くしゃ、と無邪気な笑みを浮かべて、少年が続ける。
「生きたくなくなったら、俺も一緒に死ぬから言えよ?」
夕飯のメニューを聞く時のように、軽々と、言う。
「………っ!!」
塞いでいた辛さが溢れ出し、リオンへの愛しさが溢れ出し、リリスはまた泣いた。
「お、おいおい、どうし――」
「……すき………」
「ッ!?」
涙が心を洗い、愛しさが隠れることを放棄する。
「リオン………すき……」
「……ああ、俺もだ」
「すき……すきよ……」
「……知ってるっつーの」
夜中だからか、顔があまり見えないからか、二人とも普段よりも素直だった。
「……本当に、本当によ? 本当に、一緒に生きてくれる?」
「……それだけは、絶対だ。死んでも守る」
「……ばか」
リリスの問いに、力強くリオンが頷く。
「だからさ、一人であんま抱え込むなよ?」
「………うん」
ふわり、と涙に笑いが浮かぶ。

夜が、二人を包んでゆりかごのように――――


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