★貴方、少し酔っ払い過ぎよ
2014/04/28 23:15

その少年は、獣を思わせる少年だった。
獅子を思わせる金の髪。
緋色とワインレッドの鮮烈な衣装。
そして何よりも、その鋭い眼光と嗜虐的な笑みが、彼に獣のイメージを付与していた。
リオン、と。
本人と同じ名で呼ばれる緋色の少年は、壮絶な闘いの末に絶命し、無残にも建物に押し潰された。

生まれて来た彼には、自由が無かった。
生きている彼には、意義が無かった。
そして死にゆく彼には、墓も用意されていなかった。
墓も無く、ただ消えていった哀しき獣。

――そんな彼は今、桜の元で壮絶に酔っ払っていた。


ここは、とあるアパートの近くのとある公園。
クールな方のリリスとチャラい方のリオンは、満開の夜桜を肴に酒を嗜んでいた。
年齢?何それ美味しい?
「りりすぅ〜〜………うへへぇ〜〜〜……そらがぁ、まわってぇ、みえるぞぉぉ〜ぅ?」
チャラい方のリオンが、全く軸の定まっていない声で相方に呼び掛ける。
その頬は真っ赤に染まっており、幸せそうに緩んだ頬は「酔っ払ってますけど何か?」とでも言いたげだ。
「……そうね、地球は回っているものね」
束ねた黒髪を風に靡かせ、クールな方のリリスが答える。
一見冷静に答えているようで適当な返事を返しているのは、彼女が酔っ払いの相手をするのに飽きてきたからである。
「ちげぇよぉ〜〜………そらがぁ、おれのうえでぇ、まわってんらろ〜〜ぉ?」
妙に食い下がるチャラ男が一人。
地面に敷いた花柄の可愛らしいシートの上でゴロゴロ転がりながらリオンが駄々をこねる。
真面目にさっきの前置き書いた方の身にもなって欲しい。
「………そうね、貴方が回ってるものね」
またしても適当な返事を返しながら、リリスは紙コップに入った液体を飲み干した。
因みに、今彼女が水のように飲んでいるのは酒屋で買ってきた、度数20を越える焼酎である。
一切割ることなく、そろそろ瓶が一つ空く所だというのに、彼女はほんのり頬が染まる程度で平然としている。
「だぁからちげぇってぇーーー……それらと回転軸がちげぇらろぉ〜〜?」
対するリオンは、ほろ酔いを一つ空けただけでこの有様である。
ほろ酔いどころかボロ酔いだった。
「……貴方、少し酔っ払い過ぎよ」
実際は少しどころではない酔っ払いぶりに、リリスは端正な顔を顰めつつ忠告する。
しかし、その表情にいつかの未明の森で見せた嫌悪感はなかった。
「あぁ〜〜? んなことねぇらろぉ〜〜〜……れつにぃ、おれいつもろうりらろぉ〜〜……」
そしてこっちはもう面影すら怪しいレベルで変容していた。
ふにゃりとした笑顔を全面に浮かべつつ、リオンはどんどん怪しくなる呂律でいちゃもんを付けた。
(これはもう……駄目ね)
相方の圧倒的な酔っ払いぶりに、ついにリリスは見切りを付けた。
しかし、駄目だと見切りを付けた所でこの男を連れ帰るのは自分しか居ない。
どうしたものか、と考える事数秒、頭上に豆電球を光らせ、リリスは崩していた膝を整え、正座をした。
「……リオン?」
彗星がどんな感じで光るかについて一人議論をし始めたリオンに、リリスが控え目な、しかしよく通る声で呼び掛ける。
「んー……? なにぃ〜?」
最早口調が幼児退行し始めたリオンが大げさに首を傾げる。
「………ん」
一言にも満たない声と共にぽんぽん、と膝を叩き、リリスは相方を膝枕に誘った。
「え、ひざまくら!? いーの!?」
普段の彼では考えられないような甘ったれた言い方で、リオンは喜色を表情に溢れさせ、確認する。
「………ええ」
特別よ、と小さな声で付け加えて、リリスが肯定する。
「やっらぜ! へへ、おれりりすのひざだいすきらからな!」
がばっ、と飛び付くように膝へとダイブし、リオンはリリスの膝に甘えた。
無邪気に太ももに頬ずりする様は、甘えている猫のようだった。
「………そう」
普段ならそういった類の発言には鉄拳制裁を下すリリスだったが、今日は状況が状況なので許していた。
尚、一瞬満更でもなさそう表情をしたのは決して気のせいではない。
「んー……なぁ、リリス……」
膝の感触を存分に味わいながら、情けなく緩んだ表情でリオンが問い掛ける。
「……何?」
そんなリオンに二通りの意味でくすぐったさを感じつつ、リリスは先を促す。
「……しあわせ、だな……」
少しだけ、真面目な声で。
真っ赤な顔の少年は、噛み締めるように呟いた。
「…………そうね、幸せね」
少し涙ぐみながら、リリスが答える。
殺すだけの日々。
憎むだけの日々。
血と憎悪に塗れ、駒として使い潰され、物と共に棄てられる人生。
それに比べて、ここは奇跡としか言いようのない世界だった。
「りりすもぉ、しあわせかー……?」
回らない呂律で、しかし確かにリリスを気遣って、リオンが問う。
「……ええ、一周して悔しい位よ」
涙ぐんだ事を隠すように、皮肉を交えてリリスは言った。
その表情は、普段よりも少しだけ優しげで。
「えへへ〜なんらそれぇ〜……」
その表情を見て安心したのか、リオンは再びリリスの膝の間に顔を埋めた。
「……分からないなら別に良いわ」
やれやれ、とでも言いたげな表情で柔らかく溜息をつき、リリスは金糸を指で解く。
シルクのような触り心地のそれを撫でるのは、彼女のお気に入りだった。
「なんらろ〜……気になるらろぉ〜〜……」
再び怪しさを増す呂律で、リオンが再び問う。
しかし、どちらかというと他に言うことを考えられなかったから取り敢えず言った、と言う感じで、その顔はもう寝そうだった。
「……貴方は黙って甘えてれば良いのよ」
毒気や嫌味の一切ない相方に若干の可愛さを感じ始めていたリリスは、普段なら絶対に言い得ない台詞をさらりと零した。
「ん〜? きょーのりりすやさしいなぁ〜……」
嬉しそうに顔を緩め、リオンは一層強くリリスの太ももに頬ずりした。
「……んっ、それ、ちょっとくすぐったい……」
膝の上でもぞもぞ動く相方に講義の声を上げる。
もっとも、大絶賛酔っ払い中のリオンが聞くはずもなく。
「……あ、そーだ。こないらのあれやってくれよ、あれ」
それどころか。
「……? あれ?」
奴は。
「そー、これっ♪」
「きゃっ!?」
「〜〜♪」
リリスの胸へと、顔を押し付けたのだった。
「ちょ、ちょっとっ……!」
急に飛び付かれた事と、それ以上に飛び付かれた場所に驚いたリリスは、珍しく驚いた声を上げた。
「んー……♪」
ぐりぐり。
「な、に……してるのよ……」
混乱が収まらないまま、リリスが聞く。
まともな返答が帰ってこないというリリスの予想を裏切って、リオンのくぐもった声が聞こえてきた。
「こないら、りりすがしてきたらろぉ〜……」
「……? あっ……!」
思い当たる節はあった。
先日、リリスが興味本位でリオンの髪を撫でくり回した時があった。
その時、リオンを取り押さえるために腕で彼の頭を抱え込んだのだが、その時完全にリオンの顔に彼女の胸が当たっていたのである。
「……あんとき、すげーきもちよかったから……ほんとは、またしたいなっれ、おもってたから……」
とんでもない心情を暴露しつつ、胸に顔を埋めるリオン。
人気が少ない公園だったから良かったようなものの、誰かが目撃していたらきっと使命感に駆られて通報していた事だろう。
「だ、だからって――」
強く抱き締めてくる腕の感触と、ぐりぐりと胸に押し付けられる頭の感触に負けそうになりつつも、リリスは抗議の声を上げようとした。
しかし。
「きょーは、あまえれいいんじゃないの……?」
「―――ッ!」
怯えた、潤んだ目で上目遣いをされてしまった。
リリスはリオンの怯えた表情と甘えた表情に弱い。
押しが強い中で稀に見せる、幼い子供のような表情に、とても弱かった。
「…………もう……」
溜息をつき、諦める。
少なくとも、こうしていればこの酔っ払いは大人しくしているだろう、と自分を納得させて。
「りりす……あったかい……」
「……んっ………」
幼い子供のように、ひたすらリリスの胸に甘える。
胸の内で動く頭の感触と、服を通り抜けて肌にかかる熱い息がくすぐったい。
そして何より、目の前で揺れる金糸の髪が彼女を誘惑する。
「……んっ………」
逆にリオンの頭を抱え込み、指でリオンの髪の感触を存分に味わう。
同時に、顔をリオンの髪へと埋めた。
整髪剤の甘い匂いに混じる彼の匂いを吸いながら、強く胸に彼を押し付けて。
リオンはリリスの胸に包まれ、彼女の確かな体温と、甘く満ちる匂いを。
リリスはリオンの髪に顔を埋め、彼の上がった体温と、甘さの中に混じる彼の匂いを。
互いの温度と匂いを感じて、二人はしばらく抱き締めあっていた。



「……リリス、」
「……なに?」
「……すき………」
「………うん」
「へへ……♪」





「あああああああああぁぁぁぁぁあぁぁあぁあああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!!!!」
――翌朝。
すっかり酔いが覚め、しかも余すことなく全てを記憶していたリオンは大絶賛死にたい状態になっていた。
先程から頭を叩きつけている机が何故無事なのかが不思議な程である。
「俺は………俺はッ…………!」
脳裏を過るは、昨日の過ち。

『きょーは、あまえれいいんじゃないの……?』
『りりす……あったかい……』

そして、今朝の相方の一言。

『……可愛かったわよ(すっげえ悪そうな笑顔)』

つまるところ、やっちまった訳である。
「………くそ……何で、あんな……」
そう、あんな事。
そう思った途端に、自分が何を欲したかがまた想起される。
恥も外聞も捨てて胸に顔を埋め、五感を全て胸に甘える事へ集中させる甘美な時間。
思い出されるのは、顔を包む柔らかな感触、脳を溶かす甘い匂い、そして――
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね俺は死ね!!! 早速思い出してんじゃねぇよ!!!! 馬鹿野郎!!!!」
再び、頭突きが始まる。
5000発程机に叩き込んだ所で、糸の切れた人形のように机に倒れる。
「…………くそ……」
彼を苛む自己嫌悪は、しばらく続きそうだった。

(……かわい、かった)
昼食を食べながら、リリスは昨日の相方に思いを馳せた。
子供みたいに甘える彼。
全身でお互いを感じ合う、甘い時間。
昨日顔を埋められた胸がまた熱くなるような錯覚を覚えながら、リリスはまた酒を飲む事を決意した。

リオンの苦悩は、しばらく続きそうだった。


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