なんだそういうことか、って

※いつも以上にネタバレを多く含みます。
ターニングポイントです。

+++



 知っていたんだ。
周りを見るたびに頭が痛くなる原因も。
その原因がどうしようもないってことも。
だから俺は蓋をしたんだ。
だってそうだろう?
そうじゃなきゃ、俺はきっと。

「キリト?」

 その名前で呼ばないでくれ。
俺は桐ヶ谷和人であって、キリトじゃない。

「どうしたの」

 そんな声で語りかけないでくれ。
俺は、俺は。

「大丈夫、だからさ、キリト──────」


大丈夫じゃ、なかったくせに。


+++


 フラフラと、俺は人通りが多い廊下を歩いていた。
頭が痛い。しかし、どうしようもないことを知っている。
この痛みの原因がわかっている以上、病院に行ったところで下される結果は「異常なし」であると。
 呼び出しは済んでいる。
もう撮影が終わった後なのだから、きっと話を聞いてもらえる。
目的の部屋までたどり着くと、深呼吸をする。
息を吐いて、すって、また吐いて。
コンコン、とノックの音が響く。
中からどうぞ、と声が聞こえる。
扉を開けると、そこには。

「──────いらっしゃいませ、パパ」

そう答える、愛娘の姿があった。


+++


「K監督、いないんだな」

 部屋に入ったキリトは、ユイ以外誰もいない事に気付くとそう告げた。
ユイの勧めたソファに座ると、ユイはその対面に腰を下ろす。

「はい。でも、良いんです。パパの聞きたいことは、全部ユイが知ってますから」

 ゆらりと揺れる瞳に俺が映る。
それがまるでゲームのようで、けれどその体には熱が点っているから、苦笑をするほかないのだ。

「────頭が、痛いんだ」

 ゆっくりと、俺は口を開いた。
ユイは黙ってその言葉を聞いている。
まるで世界に二人だけかのような、そんな顔。

「なぁ、ユイ。俺は、誰だ?」

 漠然とした問いかけだ。哲学のようなそれ。
けれど、ユイならば知っている。

「夢を見るんだ。あのパーティ以降……いや。もっと前から。ユージオやアリスと出会ったときや、アスナの名前を聞いた時も。デジャヴって言うのかな。それを経験したようでさ。でもあまりにも頻繁に起こるものだから、ドラマの世界の役に入り込むあまり俺が体験したように感じているんだろうってずっと思い込んでいたんだ。けれど」
「……パパはドラマの台本をもらう前から、その先の展開全てを知っていた。それを繰り返さないように動こうとしてしまう、ですか?」

ユイの言葉に俺は目を見開き、そして項垂れた。

「その通りだよ。なあ、どうしたら良いんだ?俺は、桐ヶ谷和人のはずだろう?キリトではないのに。キリトは、ドラマの中の話なのに」

 縋るような声だった。
頼むから否定をしてくれと。全て俺の気のせいで、俺の勘違いなのだと。
そう考えた俺の浅ましさを嘲笑うかのように、ユイは淡々と告げた。
まるでその答えを最初から知っていたかのような声で。

「この世界は、リプレイの世界なのです」
「──────リプレイ?」
「リプレイと言う言い方は違いますね。全てが都合の良い世界と言えば良いんでしょうか。世界線の違いとでも言いましょうか」

 愛娘のその淀みない答えは、ガツンと俺の脳を揺さぶった。
さらに頭が痛くなる。しかし、倒れるわけにはいかない。

「世界線の違いっていうのは」
「そのままの意味です。この世界はパパも知っての通りVRMMOは存在していますが、デスゲームであるSAOは存在しません。パパの記憶にある時代にパパのご両親は存在していませんし、この世界の私は人間です。そして、この世界でデスゲームが起きることはありません」
「その記憶を持っている俺は」
「パパだけではなく、ユイも、ほか数名も含めて記憶が蘇っています。この世界では誰も悲しい死は迎えません。それは物語の中の話であって、実際にあった話ではないのです」
「けど」

 何かを読み上げるような硬質な言葉を遮って、俺は声をあげた。
しかし、ユイは首を横に振る。

「パパ。クィネラさんも、リセリスさんも、私も生きています・・・・・・。パパが見送った方々も、そうでない場所で亡くなった方々も。その幸せを噛み締めて、そして今を幸せに生きることこそがK監督の望みなのです」

その言葉に、俺は泣きそうな表情で問いかけた。

「みんな?」
「はい」
「ユウキやサチも?」
「はい」
「──────ユージオも?」
「はい、パパ」

ああ。なら、もう。構わない。

「……K監督って何者なんだ?あの人に会った瞬間、俺たちは変わった」
「かみさまですよ」
「へ?」
「かみさまです、パパ。私たちにもう一度を与えてくれる、かみさまなのです」


+++



 この世界についてユイから説明を受けたあと、一体どれだけの奴がこのことを知っているのか尋ねると、意外な言葉が返ってきた。

「私以外には……お二人ですね」
「えっ、そんな少ないのか?いや、多いのか」
「みなさん前世なんて考えたこともないと思います。ママも覚えてないみたいですし、パパが思い出しちゃったのは多分それだけこのドラマの中心にいたからだと思います」
「……え、待ってくれ。アドミ……いや、あの女もか?」
「はい。普通に女優さんです。リセリスちゃんと仲良いですよ?」

 どんどん出てくる驚きの情報に、俺はぐったりとソファにもたれかかった。
ユイはそんな俺を心配そうに見ている。

「ユイ、K監督は最初から俺に記憶を蘇らせようとしていたのか?」
「いいえ。先ほども言いましたが、K監督の願いはあくまで私たち全員が幸せになることです。このドラマが終わったとしても"その人は生きている"と、"幸せは続いている"とパパならわかってもらえたと思います。だから、これで良いのです」
「──────そうか」

 俺はふ、とようやく口を緩めた。
頭の痛みも引いてきた。

「そういうことか」

全ての辻褄があった俺に、ユイは最後に問いかけた。

「パパ」
「ん?」
「このまま、最後まで演じ続けてくれますか?」

不安そうなユイの問いかけに、俺は目を見開いてから、微笑んだ。

「もちろん!俺の幸せのために、演じ続けるよ。これからも俺の活躍に乞うご期待、ってやつだ。その代わり、俺が幸せに耐えきれなくて泣きそうになったら抱きしめてくれ」
「……はい!」

 俺が茶目っ気たっぷりにウインクして見せると、ユイはパァッと顔を輝かせ、俺に満面の笑みを見せてくれた。
そこですでに、俺は泣きそうだった。


+++


「じゃ、俺は帰るよ」
「私はK監督にパパのことを報告してきます!」
「人間の身体で動くのは初めてだろう?気をつけるんだぞ、知らない人にはついていっちゃダメだからな」
「もう慣れてます!大丈夫です!」

 そう言ってユイと別れた俺は、ふぅ、と息を吐いて外に出た。
怒涛の一日だったが、頭痛の種は取り除かれた。
このドラマを最初から最後まで演じたことで、なぜ俺の記憶が断片的に蘇っていたのかも理解した。まるで歴史の教科書のようだ。
 ユージオとアリスでピクニックに行った記憶も蘇るとは皮肉だが、それでも別世界の前世の幸福な記憶には違いない。
人工知能もまだあそこまでの物はできていないし、ラースもなければ研究機関もなく、陸軍などと繋がってすらいない。ならば良い。危険がなければ、それで。
 しかし、困ったことになった。
俺は前世の記憶を持っているから、涙腺が緩くなりそうだ。
この幸せを噛み締めろ、なんて。

「運命、か」

 ユージオの笑った顔が思い浮かんだ。
優しい顔。暖かい掌。甘く俺の名前を呼ぶ声。
この幸福な世界で生きている、その人。

「────よかった」






んだそういうことか、って




END!
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はい!久々の芸能界シリーズ更新です!
キリト君の記憶が戻りましたやった〜〜!
これからはようやく記憶が戻ったキリト君がドタバタ楽しくみんなに愛されながら過ごす日常を書いていけます!
いやほんとに 大丈夫ですって多分
そしてこのお話は「K監督はかみさまです」って言いたかっただけなんじゃないかという疑惑もある

SAOのアニメ見れないのに芸能界ネタ書けるのかなと思った方、逆です
原作読んでるからアニメ見なくても二次創作は書ける そういうことです
面倒なオタクって面倒なんですよ(真理)

ありがとうございました!


更新日:2020/02/03

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