そして事態は動き出す
※SAO3期ネタです。
ネタバレ配慮しておりません。
なお、原作の話にも触れておりますのでご注意ください。
今回ちょっと不穏だけど、最後は絶対ハッピーエンドです。
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芸能生活というのは、なかなかに難しく、面倒ごとも制約も多い。
しかし、それでも俺はこの仕事が好きだったし、何より俺が主役を務めているドラマ"SAO"は、生きがいといってもいいほどだった。
K監督の紡ぐ物語は、全てが他人事だと思えないものだった。
感覚的にいってしまえば「一度体験したことがある物語」をなぞっているかのような、そんな感覚。
だが、SAOの世界よりもこちらの世界はあそこまで物騒ではないし、まだVR技術も普及してきたばかりだという相違点がある。
近いうちに似た世界が出来上がるだろうという確信は持っているが、あくまでもまだ非現実の話だった。
何より、茅場晶彦はVR研究をしているわけではない、役者であった。
そのほかのSAOに出ているVR関係者も、全てがこの世界では役者だ。
だからこそ、俺たちは安心できている。
この世界では、あの世界のように、人が死んだりしないという安心感が、確かにあるからだ。
ドラマの中で死ぬしかなかった人たちも、どんな結末になった人たちでも。現実世界では、違うドラマに出ていたり、別の番組に出ていたりする。
それは俳優だったりアイドルだったり、マネージャーだった人だったりと色々だが、それでもみんな生きている。
それが当たり前のはずなのに、俺はそれを当たり前だと思えずに、それがすごいことなのだと思ってしまって、いまだに泣いてしまうことがある。
何故なのかはわからない。
しかし、きっとそれでいいのだろう。
俺はいつも、噛みしめるようにそう思うのだ。
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「SAO3期1話放送開始おめでとー!」
「「「おめでとー!」」」
パーン!と派手に打ち鳴らされたパーティクラッカーは、ひらひらと中から少しの硝煙と、それ以上の紙吹雪を舞い散らせながら、パーティの開始の幕開けの合図となった。
「小さい頃のキリトくんとかって、どうやって演出してたの?子役の子を使ったわけじゃないよね」
「CGだよ」
「最近のCGはめちゃくちゃリアルだからな。あれぐらいK監督なら朝飯前ってことだ」
俺とユージオ、そしてアリスを中心に、今回のドラマ放送を祝った小さなパーティが開かれていた。
SAOファミリー……つまり身内でのパーティは、取材もないしカメラも入らない。
それだけに、のびのびと今後のストーリー展開も含めて話すことができると言うわけだ。
「それにしても、まさか最初にヴァサゴ出るとは思わなかったよ」
俺は金本と酒を飲んでいたヴァサゴに声をかけた。
ヴァサゴは金本と仲は悪くない。が、よくもない。
それを知ってかしらずか、金本はヴァサゴにしきりに話かけ、それをいなされているように感じる。要は、鬱陶しいと感じているヴァサゴに、空気を読まず突進している金本と言う図だ。
ヴァサゴは俺が来たことでこれ幸いと席をその離れた。
今日は立食パーティではあるが、座って飲みたい人のためにソファや椅子もいくつか用意してあるのだ。金本は俺とヴァサゴに付いてくることなく、意外にもそこで留まった。
あいつ他に仲のいい共演者がいないからヴァサゴに付きまとってただけじゃないだろうか。
まぁそれはいい。あれはリアルでも相当うるさい部類だ。金切り声が耳に響いて敵わない。
ヴァサゴに肩を抱かれ、壁際に移動した俺は、近くのテーブルから肉料理をつまむと、はぐはぐと口を動かした。
腹が空いていたのだ、仕方ない。
「ガブリエルと話をしなくてよかったのか」
俺がそう問いかけると、ヴァサゴは「あとでな」と軽く口にしただけだった。
チラと下から見上げてヴァサゴの表情を伺う。細められた瞳は赤い。
透明なワイングラスに入った赤いワインが、厚い唇に吸い寄せられていく。
妙な色気を持ったそれを、見てはいけないものに感じてしまって、俺は思わず目をそらした。
「痩せたな」
俺が目をそらした事を知ってかしらずか、ヴァサゴはそう言って俺に目を向けた。
ここ数日、いろんな人に会うたびに言われる。
「筋肉つけばよかったんだけどな。体質ばっかりはどうにも」
撮影に向けて、俺はどんどん体を痩せさせねばならない。
それでも、SAO1期よりはマシと言えるレベルだ。
俺がSAO関連以外の仕事を積極的に行えない理由は、この減量にも理由があった。
ドラマの都合上仕方のないこととはいえ、食事制限がかけられるのだ。
今食べている肉も鶏肉で、カロリーの少ないものを選んでいる。
体質のおかげでそこまで苦しい減量はしていないが、ベッドに寝ている俺の体を3DCGにするためのスキャニングが終わるまでは、我慢しなくてはならない。
そんな話題をそらすために目線を動かすと、ニコニコと美しい顔を茅場晶彦に向けるガブリエル・ミラーが目に映った。
「……茅場さんの前でだけは目を輝かせるんだな、ガブリエル」
「憧れなんだと」
「へえ。趣味がいい」
「────どうだかな」
俺が茅場晶彦を尊敬している、と言った話をするとき、ヴァサゴは決まって含みをもたせた言い方をする。
この世界の茅場晶彦は、様々な賞を取っている超ベテラン俳優だ。
彼が出演するかしないかで、集客が決まるとまで言われている。
そんな彼の演技を幼い頃に見たことがきっかけで、俺はこの世界に入ることを決めたのだ。
まさか自分の初主演でその本人と共演することになるとは思ってもいなかったが。
彼の趣味は意外にもゲーム制作だという。
どんなゲームを作っているのかと一度問いかけてみたことがあるが、はぐらかされてしまった。
まさか制作しているゲームが、VRMMORPG関連ではないだろう。
ざわついたその考えを振り払うように、俺は残った肉を口に入れた。
「キリト」
「ん?」
「どうせ貴様はもうすぐ何もかも思い出す。その前に、せいぜい楽しめ」
そう言ってくしゃりと俺の頭を撫でたヴァサゴの言葉の意味がわからず、首をかしげる。
しかしそれ以上その男は何も言わず、クイとワインを煽っていた。
釈然としなかったものの、別のテーブルで「キリト!」と俺を呼ぶ声が聞こえたので、それ以上は考えなかった。「今いく」と言って、ヴァサゴの元から離れて行った俺を、つまらなさそうに見ていた視線に気がつくことはなかった。
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「もう、どこへ行ったかと思いましたよ」
「ごめんごめん。うまそうな肉取りに行ってた」
「……キリト、痩せたよね」
「おいおい、みんな言うけどな、わざとだって」
「それはわかってるけど、心配だよ」
アリスとユージオに迎え入れられた俺は、ユージオの心配そうな声に肩をすくめた。
「体質もあるけどな。3DCGのスキャンが終わるまでは我慢しなきゃ」
「あぁ、君の体をスキャンして、それをそのままドラマの中で使うんだよね」
「そう。でも、子供の頃の俺たちのデータがあれだけ鮮明にあるんだから、普通にCGで作ってもいいと思うんだけどな」
「きっと、事情があるのでしょう。予算とか時間とか」
「そうだな」
アリスの言い分に素直に賛成する。俺が役者としてできることはなんでもやる所存だったので、多少の減量を言い渡されたところで大して問題にはならなかった。
「でも、これからずっとこの3人でドラマに出られるんだよね」
ユージオが、ことさら嬉しそうに言うものだから、俺もアリスもふわりと微笑んだ。
「えぇ、そうですね。子供の頃からの夢が叶った」
「……どうしてだろうな。俺は、それがとても尊いものに思えるんだ」
俺の言葉に、アリスとユージオも頷いた。
「えぇ。私も、なぜか。おそらく、夢が叶ったからと言う訳ではなくて……そう、この3人が同じ空間にいられること自体が、奇跡のようだと思ってしまう」
「泣きたくなるほどに、幸せだと感じる日もある」
「……なぁ、今度ピクニックに行こう」
アリスとユージオに俺はそう言った。
二人の顔を見て、目を細めて。
「オフを合わせてさ。アリスの作ったサンドイッチを持って、大きな樹の下で、誰にも邪魔されずに3人で昼寝したり、喋ったりするんだ」
「昔のようにですか?」
「そう。あの日の……え?」
俺は、驚いたようにアリスを見た。
「俺は、アリスとユージオとピクニックに行った事、ないぞ」
そう言った俺に、アリスもユージオもハッとする。
「そういえば、そうですね。どうして、私はこんなことを?」
「僕も、君たちとピクニックに行った気がしたんだ。……あ、わかった!きっとドラマと勘違いしちゃったんだよ」
「あ……あぁ、そうですよね。きっと、あの世界があまりにも私たちの境遇と似ているから」
そうだ。
それ以外、考えられない。
3人の間に奇妙な感情が浮かび上がったが、それがなんなのか気づいてはいけないような気がして、俺は頭を振った。
「どうしたの、3人とも」
「あ、アスナ」
不思議そうに3人に話しかけてきたアスナによって、違和感はどこかへ消えて行った。
「いや、なんでもないよ。それより、何食べてんのそれ」
「あっちにハロウィン用のパンプキンパイがあるのよ」
「確かにハロウィンはもうすぐだけども。そんなついでみたいな」
「結構おいしいわよ。エギルさんお墨付き」
「そういやエギルどこだ」
「あそこでクラインと話してるわ」
アスナが指差した方向を見ると、クラインとエギルがパンプキンパイの乗っているテーブルの近くで談笑しているのが見えた。
あとで俺も取りに行こう。
「アスナは?リズとシリカと喋ってたんじゃないのか」
「しののんと一緒にいるわ。そういえば、今日は直葉ちゃん欠席?」
「どうしても抜けられない仕事が入ってさ。何か持って行ってやろうかな」
直葉と俺は、血の繋がらない兄妹だ。
ドラマSAOと違うところといえば、俺がマンション暮らしであることと、一緒に住んではいないことだろうか。
それでも頻繁に会っているし、兄妹仲も良好だ。
全く問題ない。
「パンプキンパイ持って帰ってあげたら?」
「持つかな」
「少しなら大丈夫でしょう」
アスナと俺の会話に、アリスが答えた。
「そか。なら、あとで持って帰ろう」
緩やかに流れる時間と、愛しい人達との会話をする片隅で。
見逃してはならない何かが頭をかすめた。
それがなんなのかはわからない。
けれど、それが確かに必要なものであることは、よくわかっていた。
「────大丈夫だ。きっと」
誰にいうでもなく口の中で転がした言葉は、俺の胸に重くのしかかっていた。
そして事態は動き出す
END!
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ちょっと不穏な展開挟みましたが、ご安心ください。
絶対ハッピーエンドで終わらせます。
この世界だけは幸せでなくてはならない。
3期オープニング聞いてから、強くそう思うようになりました。
それから、この話を書いている最中に、このシリーズのオチが決まりました。
SAO3期に合わせて、書いていきたいと思います。
引き続き、お楽しみください。
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[mokuji]
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