《KSA》結成

今回は恋愛少なめです。
──────────────────





 キリトくんが戻ってくる。
そう信じていた私は、自身の所属する《KoB》団長からの報告に、目を見開いた。

「彼はまだ戻らない」

詰め寄った先で聞いたのは、そんな言葉だった。





《KSA》結成





「──────どう言うことですか、団長!」

 バンッ、と机を叩く音が、室内に響き渡る。
誰もそれを咎めることはない。

「キリトと話はついたのかい、団長さん」

 この場にいるメンバーを代表して、エギルが声をあげた。
現在彼らがいるこの部屋は、50階層でも特殊な立ち位置にあるアルゲードのエギルの店内である。
KoBの会議室にしなかった理由は二つ。
一つ目は、キリトにそこまでの時間を割く事が出来ないと言うのが表向きの事情として存在する。
そして二つ目は、キリトについてKoB内でも意見が割れているためだ。
攻略組筆頭のメンバーはキリトが必要だと考えているが、それ以外は他の一般プレイヤー同様「レッド堕ち」として関わるのを忌避している。
KoBの団長と副団長がいくら親しくしていたとしても、公の場で話し合うべきではないと判断してのことだった。
 店主であるエギルは当然のこととして、集まっているメンバーはアスナ、クライン、リズベット、シリカ、そしてアルゴだった。
人数分の椅子をテーブル周りに集め、ヒースクリフが上座に座る形で今回の集会は開かれた。
リズベットとシリカはアスナの誘いだったが、クラインとアルゴはヒースクリフに招かれる形だった。
クラインが招かれた理由は、キリトと親しい関係だからではない。
彼がキリトから直に接触されたと報告があったからだった。
会談が開かれた直後、アスナが「キリトはどこだ」という問いに対し、ヒースクリフが答えたのが先ほどの言葉だ。

「落ち着きナ、アーちゃん。それをこれから説明して貰うんだロ」

 アルゴの冷静な声が響く。
この場にいる人間で冷静なのは、アルゴとヒースクリフだけだ。
アスナは代表して叫んだに過ぎない。
クラインは目が血走っていた。
シリカはピナを抱きしめながら涙を浮かべている。
リズベットは涙を浮かべながら唇をかみしめ、エギルは腕に爪を食い込ませていた。
黙ったのを確認してから、ヒースクリフは口を開いた。

「キリト君は、攻略の最前線。67階層にいる」

その言葉に、ハッとアスナは表情を硬くした。

「と、言うことは」
「あぁ。彼は知っていた。マッピングが終了したことも、死亡者が出たこともな」

ヒースクリフはちらとアルゴを見たが、アルゴは素知らぬ顔をしてその視線を躱した。

「あいつはいたのかよ」

クラインの絞り出すような声に、ヒースクリフは答える。

「あいつ、がPoHのことなら、いなかったと答えよう。会ったのはキリト君一人だ」
「なら、なんで無理矢理にでも連れ戻さなかったんだよ!アンタならできただろ!」
「おい、クライン!」

思わず詰め寄ろうとするクラインを、エギルが抑えた。
しかしそれでも、ヒースクリフは動じない。

「クライン君。質問に答える前に聞きたい。君は、キリト君と接触したようだね。何を言われた?」

ヒースクリフの表情に一瞬気圧されたクラインだったが、すぐに睨み返すと答えた。

「……もう俺に関わるな、だとよ。もう戻らないモンだと思えって、言ってたよ。けどな!俺はそんなのぜってぇ認めねぇ!必ず連れ戻して、ぶん殴ってやるんだ!」

そう答えたクラインに、ヒースクリフは「なるほど」と声をあげた。

「それで、無理矢理戻す事が正解だと、君は言うのか」
「……どう言う意味ですか」

それまで黙って聞いていたアスナが口を挟む。
ヒースクリフはアスナの視線を受けて、腕を組み直すと口を開いた。

「そのままの意味だ。彼がなぜラフィン・コフィンに加入したのか、誰も聞いていないのか」

そこで全員、押し黙る。
知っているのはヒースクリフただ一人という事だろう。

「……ならば、君たちは彼が自分から入らざるを得なかった理由も考えた事がないのだな」
「それは、無理矢理あいつがキリトを」
「本当にそう思っているのだとしたら、この話し合いは無意味だ。報告の義務だけ果たし、私は帰る」

クラインの言葉を遮り、ヒースクリフはそう言った。
そこには有無を言わせない圧力があった。

「……待ってくれヨ、ヒースクリフの旦那。オイラを呼んだのが報告のためダケ、なんて言わないよナ」
「────そうだな。失礼、呆れてしまった」

最初から全く変わらなかった表情でそう答えたヒースクリフに、アルゴはす、と目を細めた。

「髭面、座んナ。話し合いをしに来たんであって、殴り合う為に来たわけじゃないだロ」

アルゴが羽交い締めにされているクラインにそういうと、エギルはクラインの腕を解放した。

「……そうだな」

なんとか冷静さを取り戻したクラインは、元の場所へ腰を下ろした。

「順を追って話そう。
私はキリト君にコンタクトを取り、一人で私と落ち合うようにと指示を出した。指示通り、キリト君の周囲にはラフコフの姿はなかった。彼はグリーンだったよ。そして、彼が攻略に戻る意思があるのか、確かめた」
「……圏内に入るように誘導したのカ」
「その通り。しかし、彼はアインクラッド解放軍がうろついていることを指摘した。私はこの階層にはもういないと告げたが、それを彼は否定した」

 それはすなわち、この階層はまだ攻略途中であること、先の階層は解放されていないことを知っていたことになる。階層の解放が一般に知らされるのは、少なくとも攻略が終わってから一日はかかる。それ以前に知ることができるとすれば、攻略の進み具合を把握しているものだけだ。

「まだ捕まるわけにはいかないと拒否をした彼に、どこまで知っているのか尋ねた。すると、彼は現在の攻略情報を正確に答えた。私は確信した。まだ彼が攻略に戻る気があるという事を」

それは、PoHの手下としてではない。
攻略をするものとしての意思があるということに他ならない。

「じゃあ、キリト君は」
「また攻略組に戻ってくる意思があるということだ」

そこでようやく、緊張の糸が少しだけほぐれた。

「で、でもですよ?攻略組に戻るのって、大変ですよね」
「そ、そうよね。いきなり戻って来てごめんじゃすまないわよね」

シリカとリズベットがそう言うと、アスナも頷いた。

「そうね、簡単なことじゃないわ。団長がもしもキリト君のラフコフ加入が仕方のないことだと言ったからって、それだけでプライドの高い攻略組が引き下がるかどうか」

アスナの言葉に、アルゴも続ける。

「それにダ。戻るにしろ戻らないにシロ、根本的なとこを解決しなきゃいけないだロ」
「……キリト君との接触。それから、PoH率いるラフコフから抜け出せるのかどうか」
「そうか……キリトだけ連れ戻しても、あいつらがまたキリトを取り戻そうとしたら、終わらねえ」
「その前に、連れ戻す隙があるかどうかも謎だナ。オイラが見聞きした情報が確かなら、あの悪魔、ずっとキリ坊にベッタリだったゾ」

アルゴのその情報に、アスナたちは顔を伏せる。
なぜ、あの男があれほどまでにキリトに執着するのかわからない。
しかし、生半可な覚悟ではキリトを連れ戻すことなどできない。

「……そういえば、なぜアンタのコンタクトには応じたんだ」

それまで黙っていたエギルがそう問いかける。
ヒースクリフはしばらく黙ると、口を開いた。

「彼に私が脅しをかけたからだろう。もしくは、PoHの許しが出たか、その両方か」
「どんな脅し方をしたんだ」
「想像にお任せしよう。しかし、あの一件は相手が私だったから有効だっただけだ。そして、二度目はないだろう」

ヒースクリフの言葉に、再び場の空気が重くなる。
しかしその空気を破ったのもまた、ヒースクリフだった。

「……しかし、手がないわけではない」

ヒースクリフのその言葉に、全員が息を飲む。

「……それは?」

代表してアスナが問いかけた。
ヒースクリフは、その口を開けると、一つの提案を口にした。


+++


 ヒースクリフがいなくなった室内は、静まり返っていた。
それは各々が思うところがあった故だが、一縷の希望が見えたからでもあった。

「あのね、みんな」

アスナが口を開く。

「私、キリト君を取り戻すためなら、なんだってしたい」

そう言った彼女の目は、凛としていた。

「俺もそうだ」
「私もです」
「私もよ」
「まだツケ払ってもらってねえからな」
「オイラも、キリ坊には借り作ってあるからナ」

全員がそう言ったのを聞いて、アスナは少しだけ口元を緩めた。

「各自、自分にできる事を。特に、アルゴさん」
「任せとけってナ。明日の新聞の一面、期待しといてくれヨ」

ニシシ、といつも通り笑うアルゴに、アスナも笑みを返した。

「必ず、キリト君は連れ戻す。
そして、PoH率いる《笑う棺桶ラフィン・コフィン》を壊滅させるのよ!」

「「「おー!!」」」


+++


▼翌朝 某所



「《KSA》ね」

笑えるネーミングだ、とその悪魔は口にした。
目の前に広がる号外には、あの閃光のビジュアルとともに大きくその名が載っていた。

(kirito・(LaughinCoffin)・Secession・Alliance)──────日本語で言うところの、「キリトラフコフ脱退同盟」の略称だろう。

 表向きは「keep safe alive(安全に生きてゆけ)」だと説明されているが、裏の意味はありありと見て取れた。
大体、「安全に生きろ」なら「Live safely.」の方が簡単でいいだろうに。
単語だけで構成されているのも気に入らない。
まぁ、そもそも俺たちに情報が渡ることを前提にこの名前を付けたのだから、気にいるわけもない。
大方あの団長殿の入れ知恵だろうとあたりをつける。
でなければ、あの女が宣伝のためだけに自分の姿を号外に載せるわけもない。

「大ごとだな」

 他人事のようにそう言った男に、俺は目を細めた。
この新しいアジトに戻ってきて数日、キリトに特に変化はない。
散々抱いた後での帰還には一悶着あったが、今はおとなしいものだ。
外に出たいと言うこともなく、さりとて俺たちについて行きたいと言うでもなく、ただ軟禁生活を享受している。

「キリトさんのことだと思うんすけど」

思わずブラックが突っ込むと、キリトは肩をすくめた。
ザザは今日、朝から情報を集めに出かけていていない。
いるのはPoHとジョニー・ブラック、そしてモルテとキリトだった。

「今すぐ何かできるってわけじゃないだろ。それに、それが動いたところでなんだって言うんだよ」
「あれあれー、割とシビアですねぇ。もっと取り乱すかと思ってましたけどー」

モルテまでそう言ったので、キリトは首を振った。

「彼女たちが俺を取り戻したい気持ちがあるのははっきり言って迷惑なんだよ。無理やり連れ戻されたところで、俺に何かメリットがあるわけじゃない。攻略にすぐ戻れるかと言われたら、戻れるわけないだろうしな」

 そう言ったキリトに特に怪しい点は見当たらなかった。
モルテはそれを意外そうに見た後、PoHの表情を盗み見る。
しかし、予想に反してPoHも興味がなさそうだった。
これは考えすぎだったかな、とモルテが考えていると、キリトが声をあげた。

「話がこれだけなら、もう戻っていいか?寝なおす」
「すっかりニートですねえ」
「お前らに気を遣ってんだよ。俺が勝手に動いたら困るのはお前らの方だろ」

 キリトの護衛を買って出ているのは、幹部ばかりだ。
しかしその幹部もずっとキリトに張り付いていられるわけではない。
今日もこの号外がなければ、とっくに情報収拾に動き始めていたはずだ。
それを無視してキリトが街へと出ようとすれば、キリトに力で敵わない部下たちは慌てるのが目に見えている。

「……キリト」

PoHはキリトを呼んだ。

「なんだよ」
「今日は好きにしていい」
「は?」
「護衛なんざいなくてもお前一人でどうとでもなるだろ。このアジト周辺のモンスター掃除しといてくれよ。それならダンジョンいかなくてもレベリングできるだろ」

そう言って、PoHは部屋を出て行った。

「あ、おい!」

慌てて声を上げるが、PoHが戻ってくる気配はなかった。

「身体鈍ってるキリトさんを気遣ってくれたんじゃないですかぁ?」
「あいつがそんなタマかよ。気味が悪いな」
「ま、自分たちは今日全員いないんで、テキトーにしちゃっててください。ではではー」

モルテとブラックも、PoHを追って出て行った。
取り残されたキリトは、しばらく何かを考え込むと、情報誌を掴んで自分の部屋へと戻って行った。


+++

▼59階層 森の奥


 黒い服をまとった死神の群れが、ぞろぞろと夜の森を歩いていく。
すでに到着していた部下の一人、ザザがこちらに気がつくと、座っていた切り株から立ち上がった。

「首尾は」
「上々です」

それだけ確認すると、PoHはゆっくりと視線を下に向けた。

「オー、こりゃ壮観だな」

 口笛でも吹きそうな様子で崖の下を眺めた。
数は、およそ二十人。しかしそれでも、自分達には遠く及ばない。
数だけの烏合の衆など、相手ではないのだ。

「準備はいいな」

そう声をかけると、部下3人はニヤリと楽しげな笑みを浮かべた。

「イッツ・ショー・ターイム」

 その掛け声で、一気に崖を駆け下りる。
振り上げた《友切包丁》が、頭上の月の光を反射して、紅く輝いていた。

Hi there.How’s life?よぉオマエら、調子はどうだい

 そんな風にいいながら、状況を理解できていない目の前の男をぶった切る。
HPがグングン減っていく様子を楽しげに見ながら、まるで踊るかのように次々と斬りかかる。
────ここは森の中。
キリトをわざわざ一人にしてまでも幹部総出で出てきた理由が、そこにはあった。

「ラフィン・コフィン……!』

苦々しく剣を構えながら、一番レベルの高い男が唸り声をあげた。

「アハァ、攻略組の精鋭に選ばれなかったかわいそーなみなさん、こんばんわー」

片手斧で相手を嬲るモルテが笑った。

「プレイヤー慣れしてませんねー。モンスター相手とはやっぱ勝手が違いますもんねー」

 ペラペラと口数の多いモルテだが、その懐に潜り込めるプレイヤーはいない。
ガン、ガン、と相手のメイルにダメージを着実に入れていく。
後ろではジョニー・ブラックが毒を塗った短剣で弱い奴から順に嬲っている。
じわじわと削られていくHPがイエローゾーンに入ったところで、首に一撃。

「キリトさんの代わりとか言ってっけど、よわっちぃねぇ!」

子供のような甲高い声で、遊びながら人数を減らしていく。
手応えがないのは当然だろう。あえてレベルの低いものから狙っているのだ。

「あのメッセージはやはり嘘だったか……!貴様ら、俺たちが何も対策をせずにここまできたと思っているのか!」

大柄の男がそう言った。
このパーティメンバーの副隊長であるその男は、攻略ではタンク……つまり壁役を担う巨漢だった。
見た目通りのHPの多さに、ジョニー・ブラックはげんなりとした声をあげた。

「ザザー、こいつ超ウゼー!」

シュウ、と音を出しながら赤目を光らせていた髑髏仮面の男は、その声を聞いて笑った。

「殺し甲斐が、あって、いいんじゃ、ないか」

エストックが連続で目の前のプレイヤーの装備の隙間を突く。

「えー、めんどくせえよ!」
「なら、それは、俺が、もらおう」

スイッチ。
ザザとブラックの位置が一瞬で入れ替わると、目の前の大男に刺剣エストックが食い込んだ。

「がッ……!」

 大男がブラックの打ち込んだ麻痺毒のせいでよろけた隙を狙い、相手の武器であるメイスを弾き落とす。
大男は武器を失った隙を突かれて、その膨大なHPをゴリゴリと削られていった。
 攻略組と殺人集団の明確な違いは、人を殺す覚悟があるかどうかだ、と前に誰かが言っていたのを聞いたことがある。しかしそれは大きな間違いであると、PoHは思った。
覚悟など必要ないのだ、この世界では。
ただHPを減らすだけ。責任は全て茅場晶彦にあり、俺たちはその中でゲームを楽しむことができればそれでいい。そう言って誘導したのだから、覚悟などあるはずもない。
これはゲームの楽しみ方として正しいのだと本気でそう思っているこの猿どもは、深く考えることを放棄したのだ。
攻略組の方がレベルは高い。
しかし、その攻略組の落ちこぼれともいうべき男たちは、レベルこそ攻略組と似たようなものだが、それでも戦闘能力は俺には遠く及ばず、部下たちにも遅れをとるレベルだ。
純粋に、人殺しをしたことのない連中なのだろう。
だからブレーキがかかる。
そのリミッターを外してやるのも面白そうだが、今はこいつらの数を減らし、モルテと今は戦っているリーダーとおしゃべりをするのが先決だった。

「あァ、一つ言っておくが────増援はこねえぞ」

 俺が得物を肩に担ぎ笑うと、リーダーと大男は目を見開いた。
それが滑稽で、やっぱりキリトじゃなきゃ張り合いがねえな、とポンチョで隠れた目元を歪めた。対策とやらは増援ソレのことだろう。
いつの間にやら攻撃の手を止めていたリーダーの男に、俺はいつも通りの笑みでこう告げた。

「一度は《黒の剣士》に助けてもらったってのに、攻略組から除外しようとするとは、酷い話じゃないか?」

いつの間にか、リーダーの周りには麻痺毒を食らっているメンバーが転がっていた。

──────こんな、一方的に。
俺たちだって、攻略組の精鋭や最前線の連中には叶わないまでも、腕を磨き続けていたのに。
たった4人で、20人以上いたレベルの高い俺たちを。

そう言いたげなリーダーの男だけが、地面に立っている。

「オマエらがいると、オレの計画に支障が出るんだよな」

そう言って目の前の男に告げると、トントンと友切包丁メイトチョッパーで肩を叩いた。
男の腹を蹴り上げ、地面に転がすと、しゃがんでその男の足を切った。

「がぁあああ!?」

悲鳴をあげる男の周りで、麻痺で倒れた仲間が次々と消えていく。
人殺しをしているのだ、こいつらは。
だが、だが、まだ希望はある。
もう少し時間稼ぎができれば……!

「悪いなァ。キリトさんは、俺らと同じ、"奪う側"なんだわ」

ジョニー・ブラックの言葉に、男は絶望した顔を見せる。

「アハァ、期待してましたー?助けに来てくれるんじゃないかとか、思っちゃいましたー?いつかのように?アッハハハ!ムシがいい話ですねぇ!」

 昔、そう、この世界が始まったばかりの頃。
俺たちのことを、モンスターではない、PKの脅威から守ってくれた存在がいた。
彼はそのことを恩に着せるどころか、俺たちを守ったのは自分のためだと言って、言うだけ言って去ってしまった人だった。
10階層にも満たない場所でのその出来事は、俺の心に深く刻まれていた。
その人が攻略組の最前線で戦っているかの有名な黒の剣士だと知った時には、興奮したものだ。
なんと言う正義感なのだろうと。
巷で流れている噂はおそらくデマで、きっと誤解されているだけなんだと。
そう思っていた。

「いやいやー、自分覚えてますよぉ、あの時のキリトさんカッコ良かったですもんねー。颯爽と駆けつけて、かっこいい台詞の一つも吐いて、ソレで守ってもらってましたもんねー」

そう。
あの時、このコイフの男から、自分たちを守ってくれたのが、黒の剣士その人であったのだ。

「まーでも、キリトさんが助けた甲斐がないってもんですよねー。キリトさんが戻る場所を排除しようとしてるんですから」

そう言って笑った男の話を、俺は震えながら聞いていた。
あぁ、どうして。

そう思って、自分の運命を呪ったその時。




「そこまでよ」




凛とした声が、響いた。




+++



 まさか、PoHが俺を野放しにするとは思えない。
しかしそれでも、動けるうちに動いておきたいと言うのが本音だった。
たとえこれがPoHの仕組んだ罠だとしても、情報を仕入れる程度なら問題ないはずだ。
俺はそう考え、一人きりになった部屋でコンソールを操作していた。

「……返事が早いな」

 クスリと笑うと、チラとドアの方を確認する。
入室制限はかけているが、PoHなら好きに入って来られる。
俺が動かないのは、内部からの情報を集めるため。
今アスナたちに下手に動かれでもしたら、こちらの意図がバレてしまう恐れがあったし、何より無駄に血が流れるかも知れない。
ヒースクリフの入れ知恵だと言うことはわかっている。
もう少し待って欲しかったものだが、それでもある程度は予想できていたことだ。
俺はこちらでできることをしなくては。
 返信を打ち込んだ画面を閉じると、久々の装備に身を包んだ。
入り口付近にある全身を写す鏡で確認する。
黒いシャツから覗く首元の赤い棺桶のタトゥーに、俺は目を細めた。

「────攻略してやるさ。どっちもな」

 ガリ、とそのタトゥーをひっかくと、今度こそ俺は外へ出かけた。
PoHがなぜ幹部を連れて出かけたのか。
奴らレッドプレイヤーのやることなど一つしかない。
そして、その情報はもう掴んである。
伊達に長いことこいつらと同じ場所にいるわけではないのだ。

「俺に監視つけずに出かけるなんて、追ってきてくれって言ってるようなもんだろ?」

なぁ、PoH。



+++



▼新アジトから遠く離れた隠れ家


「────久しぶり、アルゴ」


暗闇で、フードをかぶったその小柄な少女に、俺は久しぶりに声をかけた。

「久しぶり、じゃないだロ。次から次へと事件ばっかり起こすのはワザとなのカ?」

その言葉を聞いて、俺は苦笑した。

「そういうわけじゃないんだけど。まぁいいや、いくらだ?」
「今日は金はいいヨ。キー坊が知りたい情報と等価交換とするサ」
「……俺が攻略に戻る意思があるのかって話だろう。あるさ。だから危険を承知でここまで呼んだ」
「だろうナ。そして、今回はそれとは別の話を持ってきてくれたんダロ」

そういうと、アルゴは声をひそめた。

「KSAの結成はもう耳に入ってるダロ」
「ああ」
「結成を促したのは、団長サマって事も知ってるナ」
「想像はついたよ。単語の選び方が気に入らないってPoHが言ってた」

苦笑する俺に、アルゴはため息をついた。
そんなアルゴに、俺は手短に欲しい情報を告げる。

「攻略に必要なマップと、出るモンスターの詳細、それから必要な準備、なぜ攻略組トップが死んだのか、その情報全部くれ」
「……今回から参加するわけじゃないんダロ。それでも欲しいカ」
「欲しいね。俺が知らないボス情報はなるべく無くしておきたいし、万が一今戻ることになってもいいようにしておかないと」
「万一、ナー」
「そう、万一、だ。けど、今日の本題はソレじゃない」

俺が真剣なのが伝わったのだろう、アルゴは口を閉じて、こちらの言葉をまつ。

「直ぐに、《KSA》を動かしてほしい。いや、本音を言えば攻略組で動ける奴らを総動員して欲しいな」
「……随分急だナ」
「急なんだ。なにせわかったのは数分前だからな。場所は59階層、ダナク……主街区から離れた圏外の西の森の崖の下。そこで、攻略組の精鋭部隊に入れなかった三軍連中がPKに巻き込まれてる」

俺が一息にそう言うと、アルゴはコンソールを動かした。
アスナに緊急のメールでも送っているのだろう。
ありがたいことだが、一つ聞きたかった。

「真偽は問わないのか」
「キー坊がわざわざオレっちを呼び出しておいて、偽の情報つかませるほどラフコフに堕ちてるなら、もう如何しようも無いからナー」
「……大丈夫だ。絶対嘘じゃない。俺は事情があってあいつらの場所へ直接行くことはできない。だから、頼む。俺一人ではどうにもできないんだ」

俺の懇願が届いたのか「ツケとくヨ」とだけ返したアルゴは、どこか嬉しそうだった。

「なんで嬉しそう?」
「キー坊がグリーンだったって団長さんに聞いてはいたガ、実際見てみないと安心できなかったのサ」
「……安心できたか?」
「一応ナー。アーちゃんに今メッセージを送ったから、恐らく数分後には出られるはずダ」
「絶対に麻痺毒対策はしておいてくれ、って追加で伝えてくれ。あと、相手はラフコフ幹部連中だ。高レベルプレイヤーじゃないと太刀打ちできない」

そう言うと、ピクリとアルゴのヒゲが動いた。

「ソレは……穏やかじゃないナ」
「あぁ。だけど、捕まえようとかは思わないでくれ。
時間が足りない。救出が最優先事項だ」

俺がそう喋っている間に、情報を随時アスナに送っているのだろう。
タイピングが終わると、アルゴはこちらに顔を向けた。

「他に送らなきゃいけない情報ハ?」
「恐らく崖下にたどり着くまでに足止めを食らっている援軍があるはずだ。
どうにか時間稼ぎに力を割いてくれるように崖下の連中にメッセージを送ったけど、信じてくれるかどうか」
「……知り合いだったのカ」
「昔、少し縁があっただけだ。メッセージの履歴はもう消して、相手からも見れないようにブロックもした」

それを聞いたアルゴが怪訝そうな顔をする。
俺はその表情に答えるように、目を細めた。

「相手はPoHだ。どれだけ俺が手を尽くしても、あいつを止められるかはわからない。それから、アルゴ。アスナたちには」
「わかってるサ。キー坊からの情報だってのは伝えないヨ」
「出来るだけ、俺との関わりを明かさないようにしてくれ。お前が今度はPKされる恐れがある」
「そりゃ怖いナ。自分のために黙っておくヨ」

 これで、俺にできることのほとんどはやった。
自分で動けないのがもどかしい。
だが、わざわざ邪魔するのであれば、アジトで大暴れしてやればよかった話。
ヒースクリフとの約束がある以上、まだそれはできない。
見落としていることはないか。なぜ奴らを狙ったのか。
一体目的は何か。果たしてこれは正しいのか。
色々考えたが、人命救助が最優先だ。
そう考え、今すぐにでもPoHを追っていきたい足を踏みとどまらせる。
そんな俺をどう思ったのか、アルゴが一つ問いかけてきた。

「キー坊。崖下の連中は、お前さんを攻略組から脱退させようとしてる筆頭ってのは知ってるんダロ」
「……ああ」
「まだ攻略する気のあるキー坊にとっちゃ邪魔者になるのに、わざわざ助けてやるのはどうしてなのか、聞いてもいいカ」

俺は、アルゴに笑みを向けた。


「ただの、わがままだよ」


そう言って。
いつもの不敵な笑みに似せた、如何しようも無い感情の乗ったその笑顔をみたアルゴは、「そうかイ」とそれだけ言って、俺と別れた。






To be continued……
────────────


はい!

今回はここまでです。
長くなりそうなのでまた次回!
前の長編ではキリトくんがアジトでモルテに見張られてたので動けなかったのを、今回はフリーにしてみました。
するとどうでしょう!
キリトくんが人殺しを黙認するわけがないのでした!と言う展開になりました。
ずっとモヤってたんですよ、なぜ助けに行かないのかと。
キリトくんはそんな子じゃないわよと。
なので助けに走ってもらいました。
でも自分で動けないと言う制限はあるので悶々としている感じです。
私もキリトくん走らせたいけど仕方ない。これは仕方ない。下手に動くと仲間が危険だから動けないジレンマ。
恋愛少なめですがこれはこれでPoHなりにキリト好き好きアピールしてるので許してください。

ありがとうございました!


更新日:2018/10/19

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