無数の傷痕



──────愛してる。

キリトはそう言って、ユージオに手を伸ばした。




「愛してる」


キリトは、もう一度そう言って、ユージオに微笑んた。
ユージオは、その手を握り返し、同じように微笑んだ。

そして、触れるだけの、優しい口づけを交わした。


「愛してる」
「僕も」
「ユージオ」
「キリト」

「「これからは、ずっと一緒にいよう」」



チカチカ、チカチカ。
キューブが点滅している。
まるでそれは、愛し合う二人を、照らしているかのようだった。



+++


「箱庭の話は、まだ続いてたのか」

 キリトは、呆れたようにそう呟いた。
キリトにとって、この物語はすでに約束されたものであり、同時に誰にも邪魔されない、邪魔できないものであると知っている。
だからこそ、この禅問答のような面倒なやりとりが続いていたことに、小さくため息をついた。

「まだ、って、もう君の中では終わってるのかもしれないけど。僕は納得してないよ」
「そうはいっても、お前のことを俺がどれだけ愛してるかなんて、わかんないだろ」
「わかるよ」
「ふーん、じゃあ、どうぞ?」
「本人に言わせるの?もう。……君が、半年間もの長い間、心がどこかに行ってしまうぐらい」
「──────反則だ」
「言えっていったの、キリトだよ」

ユージオは、キリトのことを抱きしめる。
誰よりもその温もりを求めているはずのキリトは、恥ずかしさのあまり素直にその抱擁を受け取れずに、少しだけ胸を押し返したが、しかしそれもユージオにはわかっていることだったので、さらにきつくキリトを抱きしめた。

「キリト」
「ん、んー」
「ふふ、恥ずかしがってるキリトも可愛い。
ねぇ、こっち向いて」
「やぁ……」
「甘えた声出されると、僕もドキドキしてしまうなぁ」

キリトは、ユージオに対してだけ、自分が軟弱な存在になってしまうのを自覚していた。
言い換えれば、ユージオに依存している、とも言える。
愛しているのだ。
それこそ、心がどこかにいってしまうほどに。
精神が崩壊してしまって、自分の体なのに自分で動かせない、そんな状態になってしまったように。

「キリトは、キリトだよ」

キリトをあやすように、甘くとろけるような声音でそう言ったユージオに擦り寄る。

「俺を、ちゃんと俺としてみてくれるユージオ、好き」
「だって、キリトも僕を僕としてみてくれているでしょう?」
「……俺は、ただのキリトでいたい。デスゲームをクリアした存在、最強のVRMMOプレイヤー、《黒の剣士》、《二刀流》……それは、俺が望んだ存在じゃない」

キリトがそう言った言葉に、ユージオは優しく、凍った心を溶かすように語りかける。

「ねぇ、キリト。知ってる?僕、そのどれも、知らないんだよ」
「────あぁ」
「僕の目の前にいる君は、いつだって、キリトだよ」

瞳が潤んでしまうのを自覚する。
ポロポロと、玉のように目からこぼれ落ちる涙を、ユージオは優しく拭った。

「愛してるよ、キリト。僕の、僕だけのキリト」
「ゆー、じお。俺も、俺も。ユージオが大好き。ユージオを、愛してる」

ぎゅう、と抱きしめる。

あぁ、あぁ。
こうして、ずっと、抱き合っていたい。
他には何もいらないから。
だから。


「───箱庭の話は、まだ終わらせないよ」


そう言ったユージオを、裏切られたようなめで見つめるのは、これでもう何回めだろうか。


+++


「おはよう、お兄ちゃん」
「……あぁ」

リビングへと降りていく。
桐ヶ谷和人は、もうなんどもあの夢を見ていた。
ユージオがいない世界を、確かにアンダーワールドで経験したし、ユージオの残滓が消えてしまった際に、命はだからとうとく、美しいと確認したはずだった。
いつかまた会えるさ、とは言ったものの、それがきっともうできないことであるとも、俺はわかっている。

────僕はいつだって、君の思い出の中にいる。

そう言ったユージオのことを、キリトは忘れたことはない。
だからこそ、こうしてなんども夢に見るのだ。




「箱庭は、永遠に続く」




そう、たとえ、千年だろうと、きっと。

「どうしたの?お兄ちゃん」
「いや、なんでもないよ」

俺は直葉に声をかけてから、顔を洗うために洗面台に向かった。
水を出し、バシャバシャと顔を洗う。
顔を拭いて、ぱ、と目の前にあった鏡を見る。


「───思い出にすがる俺を、弱いと思うか、ユージオ」


そうつぶやいても、かえる言葉はない。
キリトはそれに苦笑して、目を瞑ると、すぐに目を開けた。
そして、リビングへ戻り直葉が用意してくれた朝食に手をつける。

「アヴィ・アドミナ」

「……ねぇ、お兄ちゃん。前から言おうと思ってたんだけど、それ、無自覚?」
「へ?」
「アヴィ・アドミナ、って、アンダーワールドでの挨拶でしょう?」
「あ、あぁ……つい、な」

照れたようにもう一度「いただきます」と言うと、キリトはパンにかぶりついた。
直葉はそんな兄を物言いたげに見つめていたが、剣道の試合をするため、早く出かけねばならなかったので、渋々自分もパンに手をつけた。


+++


「じゃあ、行ってくるね」
「おう、頑張ってな」
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃーい」

直葉を見送った後、和人は部屋へとすぐに戻った。
誰にも邪魔されず。

「……ユージオ」

ユージオが好きだ。
ユージオが大好きだ。
ユージオを、愛してる。

記憶をいっそのこと、全て消してくれたら、と思った。
だけれど、この思いを、ユージオを愛していると言う思いを。
忘れたくは、なかったから。

「ユージオ。ユージオ。好き。好き。ユージオ。大好き」

甘くつぶやく言葉は、涙とともにこぼれ落ちていく。
ひとりぼっちの時は、俺は泣き虫なんだと、アスナにも言われていたけれど。

「ねぇ、ユージオ。
俺は、お前を──────」


その先の言葉は、ベッドに横になって、瞼を閉じたキリトから紡がれることはなかった。
ただ、吸い込まれるように眠った夢の中で、

「キリト」

と。愛しい人が自分の名前を呼んだ。
それだけしか聞こえなかったけれど、

キリトには、それだけで、十分だったのだ。







数の傷痕

END!

────────────
キリトは今日も夢を見る。
明日も、きっと明後日も。
新しい道で歩き続けるためには、仕方のないことなのだ。
だから、許してほしい。
俺のこの弱さも、何もかも、全て。




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