この瞳を抉っても


「パパ」

 ユイは、幸せそうに微笑むキリトの元へと駆け寄る。
愛している、誰よりも大切な人。
自分をこの世に残してくれた、特別な存在。
両手を広げて、自分を抱きしめてくれるこの大好きな人が、ユイは何よりも大切だった。

「パパ」
「ユイ」

 22階層にあるこの家の、暖炉の近くのロッキングチェアは、キリトとユイのお気に入りだ。
ALOに学校が終わるまでの間誰も来なくて寂しかったであろうユイに、キリトはぎゅうっと抱き頬ずりをする。
ユイのことが大切だとしっかり伝えるために。

「パパは、まるで幸福な王子ですね」

 ユイが不意に、そんなことを言った。
データベースから拾ってきたのであろう、童話である。

幸福な王子。

 ある街の柱の上に、「幸福な王子」と呼ばれる像が立っていた。
かつてこの国で、幸福な生涯を送りながら、若くして死んだとある王子を、記念して建立されたものだった。
両目には青いサファイア、腰の剣の装飾には真っ赤なルビーが輝き、体は金箔に包まれていて、心臓は鉛で作られていた。
とても美しい王子は街の人々の自慢だった。
しかし、人々が知らないことが有った。
その像には、死んだ王子自身の魂が宿っており、ゆえに自我を持っていること。
王子が、この町の貧しい、不幸な人々のことを、嘆き悲しんでいることである。
 渡り鳥であるが故にエジプトに旅に出ようとしていたツバメが寝床を探し、王子の像の足元で寝ようとすると突然上から大粒の涙が降ってくる。
王子はこの場所から見える不幸な人々に自分の宝石をあげてきて欲しいとツバメに頼む。
ツバメは言われた通り王子の剣の装飾に使われていたルビーを病気の子供がいる貧しい母親に、両目のサファイアを飢えた若い劇作家と幼いマッチ売りの少女に持っていく。
エジプトに渡る事を中止し、街に残る事を決意したツバメは街中を飛び回り、両目をなくし目の見えなくなった王子に色々な話を聞かせる。王子はツバメの話を聞き、まだたくさんいる不幸な人々に自分の体の金箔を剥がし分け与えて欲しいと頼む。
 やがて冬が訪れ、王子はみすぼらしい姿になり、南の国へ渡り損ねたツバメも次第に弱っていく。
死を悟ったツバメは最後の力を振り絞って飛び上がり王子にキスをして彼の足元で力尽きる。
その瞬間、王子の鉛の心臓は音を立て二つに割れてしまった。
みすぼらしい姿になった王子の像は心無い人々によって柱から取り外され、溶鉱炉で溶かされたが鉛の心臓だけは溶けず、ツバメと一緒にゴミ溜めに捨てられた。
 天国では、下界の様子を見ていた神が天使に「この街で最も尊きものを二つ持ってきなさい」と命じ、天使はゴミ溜めから王子の鉛の心臓と死んだツバメを持ってくる。
神は天使を褒め、そして王子とツバメは楽園で永遠に幸福になった。

「──────俺はそんなに、いいやつじゃないよ」

 キリトはユイに向かって苦笑した。
ユイはそんなキリトをもっとぎゅっと抱きしめた。

「いいえ。パパは、私に、ママに、みなさんに、いろいろなものを分け与えてくれました。幸福な王子のように」
「俺は、自己犠牲なんてしてない。俺がそうしたかったから、そうしたんだ」

キリトはそう言って、ユイの頭を撫でる。

「だって、俺はそうしなきゃ気がすまなかったんだ。サチの時だって、ユウキの時だって────SAOで殺した奴のことだって」

 キリトはどこか遠いところを見ていた。ユイに聴かせるつもりはなく、ぽろぽろと言葉がこぼれているような状態で。

「俺はどうすれば良かったのか、何度も考えたんだ。だって、俺にできることはほとんどなかったから。怖い、って言ってる人に、大丈夫だよって言ったくせに。同情なんかじゃ、なかったのに」

 愛していたのだ。
大切だったのだ。
一人は、初恋の相手だったのだ。

 アスナのとても大事な人であったのだ。
優しい子だった。
明るくて、天真爛漫で、俺よりもずっとずっと強い、格好良い女の子だった。

 憎かったわけではない。
ただ、許せなかったのだ。
怖かったのだ。殺されてしまうのが。
俺ではなく、俺以外の誰かが、その手で殺されてしまうのが。

 どうすれば良かったというのだ。何度も考えたが、答えなど出るはずもない。
IFの話など、いくらしても、黒猫団のみんなが蘇るわけでもない。
ユウキの病気がなくなるわけでもない。
……死んだ人間が、生き返ったりはしないのだ。

幸福の王子のように、この瞳を抉っても。

「だとしても」

 ユイは、キリトの独り言という名の懺悔を聞いて、キリトの頬にそっと両手を添えて、包み込んだ。
キリトの瞳を真っ直ぐに見つめて、微笑んだ。

「私は、パパにちゃんと"幸せ"をもらいましたよ」

ちゅ、とユイはキリトの額にキスを落とした。

「私は、パパに幸せになってもらいたいんです。
きっと、サチさんも、ユウキさんも――――そう思っているはずです」

ユイは優しく微笑んだまま、キリトをぎゅっと抱きしめた。

「私は、パパにとってのツバメになりたいのです。人々のことを想い憂いて、幸福を届ける王子のツバメになりたい。……心無い人々に、とかされてしまっても。パパの心臓は、私と一緒にあるのです。そして、その心臓と私は、ママやみなさんのような天使のような方々に、楽園に届けてもらえば良いのです。そして、みんなと一緒に、幸せに暮らすのですよ」

にぱっと笑ったユイに、キリトは大きく目を見開くと、くしゃりと顔を歪めて、笑った。

「そう、だな。俺は、幸福な王子みたいにはできないけど、それでも」

この愛しい子と、愛する人たちを、少しでも幸せにできるようにと────そう、祈った。





の瞳を抉っても


END!
――――――――――――――――――
幸福な王子。


更新日:2016/05/23
改稿日:2020/01/24

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