泡になった恋心

 手を伸ばしても届かないものがある。
たとえばそれは、雲であったり、恋であったり。
あぁ、俺はお前に叶わない恋をしたのだ。
まるで、最初からわかっているのに恋をしてしまった、あの人魚姫のように。


+++


 キリト、と呼ぶ声が聞こえる。
俺はハッとして、ユージオのほうを向く。

「ねぇ、続きは?その後、どうなったの?」

 今俺は、ユージオと休日を謳歌している。
読書家のユージオは、俺の覚えている童話をよく聞きたがる。
僕に話す事によってキリトの記憶がもどるかも知れないだろ、とユージオは言うが、あの目は確実に自分の好奇心を満たしたいという思いに満ちていた。
 今日は、ユージオに人魚姫の物語を聞かせていた。
曖昧な部分は少しはあるが、だいたい覚えている。よく直葉に読み聞かせてやったので、その辺もばっちりだ。

「……王子に恋をした人魚姫は、王子を海岸まで届けた。だけど、たまたま通りかかった女の人がその王子様を見つけて助け出してしまったから、人魚姫は結局出る幕がなくなっちゃったんだ」

 人魚は人間の前に姿を現してはいけない決まりなのだ。
だが彼女はどうしても自分が王子を救ったと伝えたかった。
俺がそこまで言うと、ユージオはそれで、その後どうなるの?と聞いてきた。
 俺はユージオの瞳を覗いた。なんの疑いもなく、俺に信頼をおいてくる相棒。
俺の大事な人。
俺が人魚姫だとしたら、ユージオは王子様だろう。
あぁ、なんと、なんと報われない恋なのだろうか。

「……人魚姫は海の魔女の家を訪れ、声と引き換えに尻尾を人間の足に変える飲み薬を貰うんだ。その時に、「もし王子が他の娘と結婚すれば、姫は海の泡となって消えてしまう」と警告を受けた。更に、人間の足だと歩く度にナイフで抉られるような痛みを感じるとも」
「……それは全て」
「そう。王子に、気が付いて欲しかったからだ。だけど、人魚姫は人間の足を手に入れたけど、王子と喋ることはできなくなった。私が助けたのだと、言うことはできなくなった」

 俺はそこまで言って、悲しそうに笑った。
あぁ、そうだとも。愛しい人に近づくためならば、そのぐらいの痛みはなんてことはないのだ。ただ、その人の隣にいたいだけなのだから。

「王子と一緒に城で暮らせるようになった人魚姫だけど、声を失った人魚姫は王子を救った出来事を話せずに、王子は人魚姫が命の恩人だと気付かない。そのうちに事実は捻じ曲がり、王子は偶然浜を通りかかった娘を命の恩人と勘違いしてしまうんだ」
「そんな……」

 ユージオが悔しそうに顔をしかめる。
納得できないって顔だ。直葉も、同じように悲しそうな顔をしていた。どうして気がつかないの、おうじさま、と。

「────やがて王子と娘との結婚が決まった。悲嘆に暮れる人魚姫の前に現れた姫の姉たちが、髪と引き換えに海の魔女から貰った剣で、王子を殺害すれば泡になることなく人魚の姿に戻れると告げたんだ」

 俺なら、どうするだろうか。
いや、決まりきっているか。
だって、俺だってきっと、人魚姫と一緒だ。

「……それで、どうなったの?人魚姫は、王子を、刺してしまったのかい……?」

 ユージオが不安そうな目で俺を見ている。
俺は、続きを話そうと口を開く。そう、結末は変わらないのだ。
だから俺は、人魚姫と俺を重ねたのだから。

「人魚姫は愛する王子を殺せずに死を選び、海に身を投げて泡に姿を変えた。
そして、人魚姫は空気の精となり天国へ昇っていった。……だけれど、王子や他の人々はその事に気付く事はなかった。──────おしまい」

 ユージオが、呆然と俺を見つめている。
俺は眉根を寄せて、ユージオの瞳をみて笑った。

「人魚姫は、王子に笑っていて欲しかったんだ。たとえ、自分が泡になるとわかっていても。大好きな、愛した人が気がつかなくても。ただ、笑っていて欲しかったんだ」

 人魚姫は、どんな気持ちで、海に身を投げたのだろうか。愛した人にも、誰にも気付かれずに、大切な人達を残して泡となった、あの美しい姫は。

「……この物語には、ハッピーエンドはないのかい」

 ユージオは俺に、泣きそうな顔をして聞いてきた。
あぁ、そうだ。お前のそういうところも、俺は好きになったんだ。
だけど、だけど。
俺は、首を横に振った。

「ないんだ。王子と結ばれないまま、この物語は幕を閉じるんだ。悲しい愛の、真実の愛の物語なんだよ、ユージオ」

 愛とは難しいものだ。どれだけ強く思っても、報われない。
決められた運命に逆らえないのは、物語の中だけじゃない。

「……そうだとしても。僕は、別の道を探してみせる。王子も人魚姫も、幸せになれる道を」

そういったユージオの瞳はキラキラと輝いていて、あぁ、なんて美しい海の色なんだろうと思った。



「──────……そんな道があれば、よかったのになぁ……!」



俺はユージオに聞こえないようにそう呟いて、目を閉じた。



になった恋心

(愛していると、そう一言でも言えたなら)






END!
――――――――――――――――――
人魚姫。


更新日:2015/01/13
改稿日:2020/01/24

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