ケモノかヒトか


 苦しさに、息を詰める。
目を見開くと、目の前に笑った顔があった。キスをされたのだと気付くまでに数秒かかった。菊岡の部屋を訪れてからなし崩しに俺の唇を奪ったこの男をいつ殴ろうかと考えて、やめた。

「ん、はっ……」

 時折漏れる浅い息が、菊岡にかかる。息が続かなくなる一歩手前で、ようやく唇を離された。ぼんやりと菊岡を見つめていると、また唇が重なった。
今度は舌を入れられて、口内をなぞられた。歯茎をなぞり、舌を絡ませられる。
菊岡の舌に自分の舌を絡ませながら、ぼんやりと考える。
 もしここに魔法のバラがあったとして。
こいつが野獣の姿であったとして。
きっと俺は、こいつに"真実の愛"なんてものを渡すことはできないだろうなと。
唇が離れると、俺を見下ろす菊岡と目があった。

「和人くんは、どんな美女にも負けないね」
「褒めてんのか、それ」
「あれ?褒められてる気がしない?」

菊岡に抱きしめられたまま、2人はくるりとダンスをするように回る。

「じゃあアンタは?」
「僕?」

 くるりくるりとまわり、ぴたりと止まる。
ただのお遊びだとわかっているから、ただの冗談を許そう。

「アンタは、王子様って柄じゃないよな。美女をはべらせるアンタはなんだか見てて面白くない」

そういうと、菊岡はくすくすと笑った。

「嫉妬してるの?」

 そういって、また菊岡が唇を近づけるので、俺は手のひらを菊岡の口に当てた。
菊岡は不満そうに眉根を寄せる。それを見て俺は笑った。

「アンタは王子っていうより、野獣だよな」

 その目に宿す光は決して明るくはない。だけども、すべてが汚れているとは言えない。まるで、人の心を少しだけのこして姿を変えられた野獣のようだと。

「僕が野獣だとしたら、やっぱり君は美女になるね」

 和人の手をとり、恭しくキスを贈る菊岡。
ニコリとほほ笑む菊岡は、なぜか猛々しく、そして美しい。

「野獣と結ばれるのは、美女だと決まっているんだからさ」

 菊岡はそういって、和人を近くのソファに押し倒した。
上から和人を見下ろす菊岡は笑っていて、とても楽しそうだった。
そんな菊岡を見て少しだけ顔を赤らめた俺は、意を決して囁いた。

「……誠二郎」

 それを菊岡が聞き逃すはずもなく、目を見開いたかと思うと和人にまたキスをして、和人の名を何度も呼んだ。
首や顔にキスを贈り、ネクタイを緩める菊岡を見て、和人は困ったように笑った。





の男、まるで野獣。


(ケモノかヒトかなんて、些細なこと。)




END!
――――――――――――――――
美女と野獣。

更新日:2014/11/02
改稿日:2020/01/24

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