狼の腹の中



────ランダム配信されるクエストで、面白いものがあった。

 プレイヤーが猟師となり、狼から赤い頭巾をかぶった少女を救い出す、というクエストだ。俺はアルゴからこのクエストの情報を買い、一人で(ソロプレイヤーだから当たり前だ)クエスト受注をし、森へ入った。

「赤ずきん、か」

 赤ずきんと呼ばれる女の子がいた。
彼女はお使いを頼まれて森の向こうのおばあさんの家へと向かうが、その途中で一匹の狼に遭い、唆されて道草をする。
 狼は先回りをしておばあさんの家へ行き、家にいたおばあさんを食べてしまう。
そしておばあさんの姿に成り代わり、赤ずきんが来るのを待つ。
 赤ずきんがおばあさんの家に到着。おばあさんに化けていた狼に赤ずきんは食べられてしまう。満腹になった狼が寝入っていたところを通りがかった猟師が気付き、狼の腹の中から二人を助け出す。
赤ずきんは言いつけを守らなかった自分を悔い、反省していい子になる。
確か、そんな話だったはずだ。
 このクエストは、本来の赤ずきんの話とは違う。
話の通りにしていてはクエストにならないのだから当然と言われれば当然だが、違和感は拭えない。今回のクエストでは俺は猟師の役目を担っている。
狼、すなわちウルフ系モンスターの討伐クエストだが、赤ずきんを助けながらというハンデがある。俺はこのクエストの報酬の報酬の【Hood of wolf】……日本語で言うところの"狼の頭巾"が目当てだ。俊敏性をあげるアイテムで、レア度は高い。
 パーティで挑むことのできないこのクエスト、さらにはランダム配信ということもあり、俺以外には参加していないだろうと思っていた。
クエストは滞りなく進み、赤いずきんをかぶったノンプレイヤーキャラクターに、いよいよ狼────もといウルフ系モンスターが襲いかかってきた。
レベルはやや高め。一体だけなので、おおよそ中ボス程度の能力だ。
 アルゴの事前情報では、このモンスターはHPが半分になると特殊攻撃を仕掛けてくるらしい。
その特殊効果はアルゴでもわからなかったそうなので、このクエストが終わり次第情報を提供するつもりである。

「うぉ、りゃっ!」

 俺は黒のマントをなびかせて、狼に斬りかかる。
赤ずきんの少女は俺から10メートル(最初から設定されているらしい)後ろで怯えている。そうこうしているうちに、HPの半分というところまで削りきった。
途端に、狼は雄叫びを上げ、俺にブレスを吐いた。

(ブレス!?厄介な)

 咄嗟に後ろに下がろうとするが、赤ずきんを守らなくてはならないため、
俺は後ろに下がることができなかった。
幸い、ブレスは少女に届く前に霧散し、俺の体に多少降りかかった程度だった。
ステータスを素早く確認するが――特に、異常はなかった。

(なんの攻撃だったんだ?いや、今はそれよりも!)

 目の前の敵を撃破することに専念した俺は、残りの狼のHPも削りきり、なんとか少女を守ることができたのだった。
少女はおばあさんにお見舞いの品を無事に届け終え、俺はお礼の品として【Hood of wolf】を受け取った。
 そこでクエスト終了のチャイムが鳴り響き、俺はほっと胸をなでおろした。
猟師役がいなくなり、ノンプレイヤーキャラクターたちもいなくなったところで、ステータスを回復させるべく宿に向かおうと────「した」。

「……ッ!?」

突然襲いかかってきた体が痺れるような感覚に、俺は膝をついてしまった。

(しまった……あの時の、ブレスか……ッ!)

クエストが完了したからといってステータスの異常が消えるわけではない。
ここは"圏外"だ。何が起こっても不思議ではない。

「なん、だ、これ……?」

 体がビリビリと痺れて動けない。それどころか、体がもっと熱くなってくる。
ハァ、と熱っぽい吐息が漏れた。俺は必死に体を動かし、茂みの中に隠れた。
これで万が一プレイヤーが来ても、よほど索敵スキルを上げていない限り見つからない。
と、思っていたのに。

「面白い事になってるな」
「PoH……」

 あぁ、もう。
会いたくない時に限って、会いたくない奴が来る。

「何だその目は。ンな潤んだ目で睨まれても逆効果だぜキリトよ」

 なんで居るんだよ、とか、こっちくんな、とか。言いたいことは色々あったが、体が痺れて思うように動かない。
PoHは立って木にもたれかかっている俺の目の前に来て、ニヤリと口元を歪めた。
 俺は観念して、身体の甘い痺れを受け入れた。
自分の熱っぽい潤んだ目も、PoHを望む己の正直な体も、不服ではあったが受け入れた。
もう残り数歩で密着する、と言うところまで迫ってきたPoHの服に手を伸ばし、きゅ、とつかんだ。PoHは口元に浮かんだ笑みを消そうともせず、むしろ更に深くして腰をかがめた。

「どうした?キリト」

 耳元に口を近づけて囁かれる声に、体がビクッと震える。
恐怖ではなく、歓喜で。

「PoH……」

とろけるような、甘えた声が出た。

「キス、して?」

 甘い匂いを漂わせる様な声色に、PoHは笑ってキスをした。
ほんとは、こんな姿見られたくなかった。弱いと思われたくもないし、興味が薄れて殺されることも覚悟した。だが、予想した未来は、ひどく甘い言葉で打ち消された。

「狼に食われる気分はどうだ?」

俺はとろけた顔で、PoHに笑った。

「悪くない、な。狼の腹の中で、溶かされたい」

 これじゃ、猟師じゃなくて赤ずきんだ。
でも、それも悪くない。

「猟師は来ないぜ?」
「こなくていい。いざとなったら腹の中から外へ出る」
「物騒だな」
「食べた狼が悪い」

 PoHが俺にまたキスをする。
全身に回る甘い痺れに、俺の腰は今にも崩れ落ちそうだった。
俺の腰をPoHが支えながら、俺の頭に手を回し、キスを深くする。舌が絡み合い、俺の口からは甘い吐息が漏れる。ぬるぬるする舌がきもちいいい。
ゆっくりと離れた舌は、糸を引いて2人を繋いだ。
体の甘い痺れはいつの間にかなくなっていたが、まだPoHと抱き合ったままだ。

「PoH」
「なんだ」
「丸呑みするより、味わって食べて欲しいんだけど?」
「……下手な誘い文句だな」
「食べないのか?」

 答えは返さず、再び深い口付けをかわす。
キスをされながら、俺は思った。



まぁ、PoHにおばあさんの真似なんかできないだろうけど。



END!
――――――――――――――――――
赤ずきんちゃん。

更新日:2014/11/02
改稿日:2020/01/24

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