誰も彼も

 この世界が終わりに近づいていることを、一体誰が理解できるのだろう。カーディナルシステムか、それとも人工的に作られたAIか、この世界の創造主である茅場晶彦か。そのどれもがきっとこの世界の滅亡を望んではいないだろうけれど、それでも。

「ゲームってのは、クリアされなきゃいけないもんだよな」

 独り言を言ってメールを開く。通知が17件。全て読まずに無視をする。俺が今気にしているのは鼠と愛する恋人のものだけだ。それ以外は、みなくてもいい。少なくとも、今は。
 新しいメールが来ていないことを確認すると、ウィンドウを閉じる。NPCのホテルは居心地は悪くないが、それでも1ヶ月間ここにいる予定はない。俺もPoHも外で『遊びたい』ため、人目につかない場所に移動する予定だ。それでもあと3日程度はここにいる予定だが、資金面は問題ないとして身体を動かしたい。PoHにも相談するべきだろう、と俺は結論づける。今のところ一人で行動するつもりはない。多方面に迷惑がかかる上に、俺を狙う輩が多すぎる。せっかくあと少しで準備が整うというのに。

「あと少し。だから、それまでは」

 誰に訊かれるでもなく俺は目を閉じてベッドに再び倒れ込んだ。ラフコフをフリーにしておくのは正直不安だが、攻略組が水面下で動いているのはおそらく察知しているだろうし、俺が今動くのは得策ではない。アルゴとヒースクリフがどこまで今のラフコフを抑え込めるか。
 正直、PoHが動けば戦力差などすぐにひっくり返るだろう。あいつの手腕はその戦闘能力ではなく言語による洗脳、そして扇動だ。無論戦闘能力も恐ろしいものがあるけれど。あいつが動いただけで相当な被害が出るのだし、いくら膿を取り出したところで元を断たねば埒があかない。そして、それができるのは俺かヒースクリフぐらいのものだ。……アスナでは、PoHには勝てない。あの子は、優しすぎる。ではヒースクリフはどうなのかと言われれば、あいつは特殊だから比べるもんでもないという評価をするだろう。PoHと同類とは言わないが、あの男もあの男で俺に殺されたがっている変人で怖い男だ。正直苦手。キスもしてくるし。けれど、この世界でPoHとやりあうための『人を殺すことができるか』という点に関しては何の問題もないのだろうなとは思う。だからPoHも毛嫌いしているのだろう。人殺しを楽しむことはしないけれど、自分の目的のためなら容赦なく人を殺すことができる類の人間だ。
 考えていたら、ろくな連中に好かれていないなと思った。俺の仲間達のなんと清らかなことか。思い出して口元を緩める。あの仲間達が、少しでも平穏にこのゲームに居続けるために。そして何より……この俺のために。

あと少しで、殺人ギルドは崩壊する。


+


「ヘッドから連絡は?」
「ない」

 端的にそうやりとりする幹部二人にモルテは苦笑する。キリトを追ってふらりと姿を消したPoHから連絡がなくなってはや3日。PoHがこのギルドにずっといるわけではないとはいえ、攻略組が動いているこの時期に離れられると困ってしまうのだけれど。

「どうせキリトさんとイチャついてんだろうなぁ!」

 キンキン子供っぽい声が響くが、全くの同感だ。むしろそれ以外の理由が一切見当たらない。

「勝手に、動いても、いいと、思うか?」

 ザザがそう問いかけると、ジョニー・ブラックは「んー……」と困ったように唸った。

「てか、キリトさんの扱いあれどうなんの?」
「あの方、次第、だろう。俺たちが、何か、言える訳も、ないからな」
「だよな」

 頷いたブラックはモルテに顔を向けた。

「お前はどう思う?」
「そうですねぇー。とりあえずヘッドからの連絡なくても、違うアジトに移動できるように荷造りはしといたほうがいいと思いますねー」
「なんで?」
「ここ、多分もうバレるんでぇー。それにそれに、攻略組動いてる気配がありますしー、どっか新しいとこ見つけて襲って殺して奪いましょ」

 モルテがそう言うと、幹部二人はニヤリと笑った。異論はないようで、行動に移ろうとする。

「でもでもー、一応ヘッドにメールはしといたほうがいいですよねー?」

 そう言うと、ブラックとザザは「お前が送っておけ」と丸投げしてきた。はいはい、とウィンドウを開いてメールを送る。キリトさんと甘い蜜月を過ごしているヘッドには申し訳ないが、舵取りはしっかりしてもらいたい。


+


 モルテからメールが届いたPoHはそれを開く。新しいアジト探しに動き始めたようだ。しかし、その必要はない。メールを返信すると、ウィンドウを閉じる。

「well, well, well……」

 崖上から崖下を見つめる。大きな空間があり、これなら100人程度戦いになっても問題ないだろう。トン、と崖下に降りたPoHは崖上を見つめる。先ほどまで居た場所を確認して、自分の姿がしっかりと隠れるかどうかを念入りに調査する。ハイドは当然として、その上でキリトにも気付かれないような位置でなければ意味がない。あいつは最初に俺を探すだろう。オレが直接遊べないのは寂しいが、それよりもっと面白いSHOWがあるのであればそちらを優先させるためにいくらでも働こう。
 オレの全てキリトを愛するためにある。殺し愛も楽しいけれど、オレが煽った同じ東の猿共が殺し合い、その上でキリトに殺させれば──────オレと同じところに堕ちてくれたら、オレとキリトはもっと一緒にいられる。

「まぁ、どっちでもいいんだけどな。キリトが穢れようが、オレはキリトを愛してる」

 キリトはとっくに穢れていると自分を称したが、まだまだ足りない。もっと、もっとだ。オレと同じように、殺しを楽しむようになってくれたらいい。オレと一緒に殺しを楽しんで、オレの相棒になってくれりゃ万々歳だ。そのためなら誰がいくら死のうが構わねぇし、むしろキリトのためにいくらでも死ねと思う。それぐらいしか使い道がねぇ猿共を、せいぜい上手く有効活用してやろう。

「キリトが東アジアの人間を大量に殺してくれりゃあ……楽しめなくても、もう元の場所には居られねえ、とオレの元にまた戻るかも知れねぇしなぁ」

 キリトが殺しを楽しむようになってもいいし、帰る場所がなくなってもいいし、高潔なまま全てを助けようと足掻き続けてもいい。そのどれも、PoHの愛するキリトであるのだから。

「オレと殺しってくれてもいいんだが、オレの隣にいてくれる未来も捨てがたいんだよなァ」

 キリト。キリト。キリト。オレが望むのはオマエだけ。どんなオマエでも愛してる。オマエだけを、信じてる。


+


「おや?ヘッドから連絡きましたよ」

 モルテの言葉に「マジ!?」とブラックが近づいてくる。ザザも配下に荷を纏めるよう指示を出していたが、こちらにやってきた。

「新しいアジトの指定です。さすがさすが、ヘッドはデート中でも殺しに関しては貪欲ですねぇー」

 恍惚としたモルテがそう口にすると、場所を指定した。

「えーと、ここは……うん、荷造り終わったら現地行きましょー。多分ヘッド達まだいませんけどー、あははー」
「オッケー!」

《笑う棺桶》は動き始めた。全てがPoHの掌の上であるとわかっているものは、誰もいなかった。


+



 ガチャ、と部屋のドアを開ける。ベッドの上で眠っていた可愛い愛し子の瞼がふるりと震えて、パチリと開いた。その後もぞ、と体を起こしこちらに顔を向けた。

「おかえり」

 んー、と伸びをして、オレを笑顔で迎え入れる。ぎゅ、とキリトを抱きしめれば、ふにゃ、と幸せそうに笑った。

「どうした?」
「ンー……キリトは柔らかいな」
「……今更だけど、お前よくこんなガキの身体に欲情できるな」
「今更だな」

 ふ、と口元を緩めればキリトはむっとしながら頬を染めた。可愛らしい。そもそも、子供だからと言う理由よりもっと自分にとってはあり得ないような理由……東アジアの色が見た目に濃く現れていて、何より今は痛まないが左の脇腹の臓器を提供した腹違いの兄にその横顔が似ているこの男に惚れたと言う方が過去の自分にしてみればあり得ない状況だろう。だが仕方がない。キリトに出会って、キリトに希望を見出してしまったのだから。オレの理想の全てが詰まったこの存在を、手放せるわけがないのだ。

「子供扱いしてない?」
「してねぇよ。恋人扱いはしてる」
「……なら、許す」

 すり、とオレの胸に顔を埋めるキリトが堪らない。押し倒し、口づけをするとキリトは緩やかに口を開いた。ピチュピチュと甘ったるい音が響く。舌を絡め、吸い上げ、そして腰を押し付ける。

「んっ……」

 思わず喘いだキリトにうっそりと笑えば、キリトはオレに見せつけるように着ていたシャツを捲り、胸を晒した。

「……する?」
「する」

 あぁ、最高だ。これが日常になるのであれば、何でもする。俺とキリトは服を脱ぎ、まだ日も高いうちから互いを貪り合うことを決めた。俺もキリトも、1月と言ってはいるがそこまでの猶予はないことなどわかっている。だからこそ、愛し合える時に愛し合うと決めたのだ。おそらくキリトもそうなのだろう。それが嬉しい。ベッドにふたりが重なり合い、睦み合う。

あと少し。それまでは。


+


 隣ですやすやと眠っているPoHがかわいい。そう思ってしまった俺はもう末期だな、と思ったが、仕方がない。愛してしまったと言うことは、そう言うことなのだから。嫌いは嫌いだ。けれど、愛しているのも本当。俺の全部曝け出して、受け入れられて、嫌いだけど手放せなくて、居心地が良くて、それでも倒さなきゃならない相手だから、剣を抜く。でも今だけはそんな事も忘れて、二人で甘く体を重ね合った後の微睡を享受する。
 俺の隣で眠るPoHを初めに見た時、ひどく驚いた。こいつは人前で絶対眠らないし、眠っているふりをして眠っていないことが多いから。でも、今は完全に熟睡してくれている。つまり、俺が殺さないって安心してくれているのだ。もしくは、殺してくれてもいいと思っているからなのか。どちらにしろ、とんでもない信頼の裏返しであるこの『眠る』と言う行為がとても嬉しい。賭けてもいいが、俺の前だけだ。他の奴の前で、こんなぐっすり眠るわけない。そうであってほしいと言うよりは、きっとそうなのだろうとわかる。わかってしまう。だって、数ヶ月にわたってそれを教え込まれてしまった。ずるいなあと思うけれど、それでも悪い気はしないのだから、それも卑怯だ。
 頭を撫でてやりたいけれど、せっかく眠っているのに起こしてしまうかも知れないから、大人しく眠っているその顔を眺めて満足することにする。俺の隣が、PoHにとって世界で一番安心できる場所だと思われている事実に甘い気持ちが広がっていく。まぁ、俺もお前の隣で熟睡できるから、お互い様か。世界一信用できないけれど、世界一信頼できる男。

 だってお前は、俺が寝てたらきっと起きるまで待っててくれるだろ?



も彼も



END!
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お久しぶりです酢酸です。
プログレ映画化ですね。スケルツォ、観れる気がしません。
でもPoHさんとキリトくんの古城デートあるなら観たい気もします。
もはやプログレはアニメ&劇場版は原作と別物として見ているため新しいキャラが出てきても動じることは無いんですが、原作の好きなシーンやるってんなら私はそこだけ見たいんですよ。

そんな感じの心境で迎えました今回、次で色々動きます。
ようやく下地整ったので、PoHさんの心境を書いたりして見ました。
あいつキリトさんの隣では眠れるくせにキリトさん以外の前では絶対寝ないだろうなと思っています。
寝てるけど覚醒してる、みたいな。そう言う訓練は幼少期してそう。
キリトさんしかいないところでは超熟睡できるんでしょうね。久々にぐっすり眠れてびっくりしてほしい。そしてますますメロメロになってほしい。そんな感じです。

ありがとうございました!


更新日:2022.09.12

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