鼠は賢くチーズを齧る

 アルゴにとって、キリトという人物は特別な存在だった。この世界において、自分の立ち位置がどれほどのものなのかは理解している。攻略の最前線に出ることのできる力量はないし、このままこのゲームがクリアされなければ、おそらくそう遠くないうちに自分はくたばっているだろう。そう考えるのは何も卑下しているからではなく、客観的に自らを分析しているに過ぎないのだ。だが、だからこそわかることもある。
──────キリトは、この世界のクリアに必ず必要な人間だ。
友人だからという贔屓目を抜きにして、あの男はこの世界で唯一この世界の深淵に触れることのできる人間だろう。ヒースクリフとPoHがキリトに執着している理由はおそらくそこにもあるのだろうし、何よりあの男はこの一つ間違えば命を落とす世界において、自分の命を賭けることのできる存在だ。そんな存在は、この世界でも数えるほどしかいない。誰だって、死ぬのは怖い。きっとキリトだってそうだろう。だけれどそれ以上に、キリトはこの世界を愛しているのだ。生と死がひどく近いこの世界を。

「キー坊のリタイアが外野からの余計なノイズが原因だってんなラ……オイラにとってもノイズそのものダ」

 目を見開き小さく口にしたアルゴは一瞬で姿を眩ませた。もう情報は手の中にある。この世界が進まない理由がキリトの有無であるならば、あの泥沼に囚われた英雄を引き戻す。そのためなら、いくらでも働いてやろう。

「待ってろよ、キー坊。ちゃんとお膳立てはしといてやるからナ」


++


 からん、と軽快な音が鳴る。アルゴとの会合の合図だ。

「入りたまえ」

 声を上げると、小柄な女性プレイヤーがフードを被ったままするりとドアから身を滑らせた。

「集め終わった」

 アルゴからのその言葉だけで、ヒースクリフは状況を察した。

「流石だな」
「遅過ぎたぐらいダ。一人尻尾掴ませないヤツがいてナ。裏取りに時間がかかった」
「……幹部か?」
「イヤ、ありゃどう見ても新人だナ。けど"堕ち切ってる"。証拠は揃えた。言い逃れのできない状況になりゃ自白すんだロ」
「なるほど。決行は早い方がいいだろうが……」

腕を組んだヒースクリフにアルゴが応える。

「キー坊の方の状況がわかんねぇナ。連絡は?」
「ない。だが順調そうだ」
「そりゃ何よりだナ。こっちが早く動いたら向こうに情報伝わるだろうカラ、タイミングは合わせたいとこダ」

 アルゴの言葉に、ヒースクリフは頷く。アルゴはヒースクリフ宛にその場で集めた情報の資料を渡した。その資料を受け取ったヒースクリフはその資料を捲りながら目を細める。

「よくもまぁ、ここまで」
「温床にされた側としちゃご愁傷様って感じだガ、そんだけ人数いりゃあ末端の構成員の情報なんざ入ってこねーダロ。ただでさえアンタ、この世界以外に興味なさそうだからナ」

 アルゴの言葉に、ヒースクリフは少し驚いたように滅多に変わらない表情筋を動かした。

「そう思う根拠は?」
「対価を決めかねる質問してんじゃネーヨ。ただの勘サ」
「そういう事にしておこう。キリトくんの友人は誰も彼も興味深いな」
「キリ坊主眼に置いてるとこがもう、ナァ」

 そうぼやくアルゴに返事を返そうとしたヒースクリフが、そういえばと別件を切り出す。

「《KSA》はどうなっている」

 その問いに、アルゴは面倒そうにヒースクリフから視線を外した。

「情報統制の成果が出てる、とだけ言っとくヨ」
「なるほど。アスナ君が出かけて行ったようだが、彼女に何か入れ知恵したかね?」
「まー、ちょっと」
「何を?」

 圧力をかけられたその視線に、アルゴは黙っておくのも得策ではないかと考え口を開いた。

「……はぁ。キー坊がオレンジカーソルになったのは知ってるだロ」
「あぁ」
「グリーンに戻る時のクエストも知ってるよナ」
「もしや、そのクエストに?」

 ヒースクリフが思い至ると、アルゴは「正確にはそのクエストの時に通るだろう道を、ナ」と答えた。

「クエストは一つだけではなかろうに」
「だーから道の監視分担してんだヨ。ただ、キー坊のグリーンに戻るためのクエストがいつ決行されるかわかんないって忠告はしたけどナ。……ケド」
「あぁ。キリト君なら、すぐにでもグリーンに戻るクエストに出立するだろうな」
「だよナァ。だから装備は基本最上位のもので、PoHとかち合う危険性も考慮した編成にはしてある。危険な状況になったら撤退第一、応援を呼ぶこと、ってナ」

 先ほどから苦い顔をしているアルゴにヒースクリフは首を傾げる。

「何か問題が?」

 そんなヒースクリフにを見下ろすようにアルゴは視線を動かす。

「アーちゃん、流石に単独では動いてないと思うケド……もしキー坊とエンカウントできたとして、そのまますんなり行くと思うカ?」

 アルゴの言わんとしていることを理解したヒースクリフは少し考えた後首を横に振った。

「無理だろうな。情報統制……アスナ君たちに我々の計画を話していない以上、キリト君が頷くわけもない」
「だよナー。拗れる可能性が高いから、時期ずらそうとも考えてたんだけどナ」
「キリト君との接触を優先したわけか」
「最近あんまメール見ねーんだヨ、キー坊のヤツ。理由なんざ一つだろうけどヨ」

 その言葉にヒースクリフも嘆息した。

「わかっているさ。ただ、面白くはない」
「オイラだってそうだヨ」

 さまざまな感情を乗せて両者が目を合わせた。

「ま、流石のキー坊もグリーンに戻るクエストを短時間で終わらすなんざ無理だろうからナ。報告待ちしてりゃいいダロ」

 アルゴがそう口にしたタイミングで、アルゴにメッセージが届く。「失礼」と前置きして開くと、そこにはシリカの文字が映る。シリカにはアスナと共に探索に向かうように指示をしたことを思い出し、そこで嫌な予感を覚えたアルゴはすぐにメールの中身をスワイプした。そして、そこに書かれていた情報に絶句する。

「……どうした?」
「──────キー坊が、やりやがった」
「は?」

 ガシガシと頭を掻いたアルゴが頬に汗をかきながら、上目遣いでヒースクリフを見た。

「クエストをほぼ1日、トータル2日で完遂させやがった上に、アーちゃんと鉢合わせ、追ってきたPoHと小競り合い、キー坊だけ追っ手を巻いて逃走、PoHも攻略組に囲まれながらも煙幕に紛れ姿を消したそうダ」
「……情報量が多いな」
「規格外共がヨ……!」

 舌打ちしそうな勢いのアルゴに、ヒースクリフは冷静に返す。

「グリーンに戻るクエストはどこのものだったんだ?」
「3層」
「……なるほど。裏道か」
「迷い霧の森で見失ったそうダ」

 アルゴが端的に言えば、ヒースクリフは椅子の背もたれに深く背を預けた。

「キリトくんらしい。あのクエストは最短でも3日かかるはずなんだがな」
「……詳しいナ」
「うちの団にも時折グリーンに戻るためにクエストを受ける必要のある人間が出るからね」
「そういう事にしといてやるヨ。問題は山積みだがナ」

 アルゴがそう口惜しげに言えば、ヒースクリフも珍しくため息を吐いた。

「タイミングを図ったかのようにキリトくんは行動を起こすようだな」
「同感。狙ってやってんのか、偶然なのカ」
「どちらにせよ、我々がやることは変わらない。アスナくんが接触したということはこちらにも報告が来るだろう。KSAと合同で構わない。報告会に私も出席したい」
「了解」

 アルゴは身を翻すとKSAの集会所であるエギルの店へと向かう。ああ全くもって忙しい!




は賢くチーズを齧る


END!
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アルゴ視点。とりあえずキリトくん色々規格外だし、PoHも規格外だよねっていう。
PoHキリ感は皆無ですがないと先に進めないので……!PoHとキリトくんはここまで掻き回しといて1ヶ月間イチャラブできると思っているのか。個人的には描きたいですが、そんなに猶予はないです。イチャイチャ書きたい。

更新日:2022.06.05

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