最初から最後まで、それは演技だった

 ヴァサゴの胸からゆっくりと身体を離したキリトは、全てを受け入れる目をしていた。受け入れるからと言って、愛してはやれないけれど。だけどそれでも、きっと前よりはマシになるはずだろう。だってこんなにも、俺を愛してくれている。

「──────演じきれんのか」

 俺をしっかり見つめてヴァサゴは問いかける。

「何が」
「オレとのラストシーン」

 その言葉にキリトは言葉を詰まらせた。ヴァサゴとのラストシーンとはつまり、ユージオの青薔薇の剣が赤薔薇の剣に変わる場面だ。

「本気でオレを、殺せんのか?」

 ヴァサゴの瞳がこちらをじっと見つめている。
だから俺は真剣に考えて、答えを出した。

「演技は、演技だ」

 あの世界のように動けはしない。こちらの世界でできることは殺陣だけだ。エフェクトはCGで後付けされる。俺もこいつも死ぬことはない。

「心意も、お前の友切包丁メイトチョッパーも、俺の二刀流の剣でさえ。全部、存在しないんだから」

 その答えに白けたようにヴァサゴは鼻を鳴らした。

「大体、お前との戦闘なんて毎回お前が勝手に発情してるだけだろ」
「……へぇ?オレだけが悪いみたいな言い方だな」

 する、と腰を撫でられたので、俺は容赦無くデコピンをお見舞いする。

「ッ」

 ヴァサゴが驚いた隙にするりと腕から抜け出すと、キッチンへ水をとりに向かった。冷蔵庫を開け、未開封の水の入ったペットボトルを取り出す。

「俺はお前とそういう関係になるつもりはないからな」
「そういうってどういう関係だよ」
「わかってるやつには言ってやらない」

 キッチンからぽい、とペットボトルを投げて寄越す。
ヴァサゴは危なげなくそれをキャッチすると、蓋を開けて飲み始めた。
警戒しないのは俺相手だからか、水だとわかっているからなのか、その両方か。

「あの騎士サマに気があんのか」
「……ユージオになんかしたら殺すぞ」
「怖ぇな。何もしねぇよ。オマエ以外どうでもいいって言ったろ」

 本気の殺気を感じ取ったヴァサゴが嬉しそうに俺を見ていたので、うんざりして「それやるからもう帰れよ」とヴァサゴを追い出そうとした。

「飯ぐらい一緒に食おうぜ」
「やだ。それにもうデートはしないからな」

 前回のイタリアンの食事のことを言っているのだと気づいたヴァサゴがニヤニヤ笑った。

「いいだろ別にそれぐらい」
「あの時の俺は記憶がなかったとはいえどうかしていたんだ。お前相手にあんな気を緩めて……」
「あれはあれで可愛かったぜ?」
「……選んでもらった服に罪はないから着るけど」

 そこは素直に受け取っておく。こいつのセンスは残念ながらちゃんとしているらしい。

「ほら早く出てけ隣だろ」
「今ここで既成事実つくっちまえば逃げらんねぇよな?」
「殴るぞお前」
「モデルの顔殴んなよ」

 仕方がないからキッチンからヴァサゴの元へ歩いて行って「ん」と手を差し伸べる。今更殺されるとは思っていない。ここで俺を殺すぐらいならこいつはとっくに殺している。
 差し伸べられた手をしばらく呆然と見ていたヴァサゴは苦笑してその手をとった。ぐい、と俺の方へ引っ張ると、ヴァサゴは起き上がって俺を抱きしめた。

「手間がかかるやつ」

 俺がヴァサゴの胸に埋もれたままそういえば、ヴァサゴは深いため息を吐いた。

「罪作りな男だな、ほんと」
「そんな俺に惚れたお前が悪い」
「──────違いねぇな」

 身体をぐい、と押し返してヴァサゴを離すと、そのまま玄関に押しやった。
大人しく俺にグイグイと玄関まで押し出されるヴァサゴは楽しそうだ。

「キリト」
「なんだよ」
「愛している」
「知ってるって言った」
「……和人も、愛してる」
「……そりゃどうも」

 玄関に着いたヴァサゴが靴を履くと振り返って俺に不意打ちでキスをした。俺が驚いて目を見開くと、ヴァサゴは満足そうにすぐに身体を離した。

「フラれたからって諦めると思うなよ。オレは結構一途だからな」
「……肝に銘じとくよ」

 その答えを聞いたヴァサゴは口元に笑みを浮かべると、玄関から出ていった。
自動ロックがかかった音がして、ちゃんと鍵も閉まっていることを見ると、念の為チェーンもかけておいた。
そして、ずるずるずる、とその場にしゃがみ込む。
顔が赤い。

「ヴァサゴのバーカ」

 真正面からの告白など、人生でそうあるわけでもない。
愛せないからと言って、照れないわけではないのだ。

「……愛してる、か」

 俺も、そろそろ覚悟決めなきゃいけないな。どうせ避けては通れない道だ。ならば、立ち止まっている暇など、ない。
愛しているのだ。
そして、今ならそれを伝えられる。
だったら言うしかない。
ただし、それは全てが終わった後だ。

「このドラマを撮り終わったら──────伝えなきゃ」

 その言葉は、ゆっくりと空気に溶けて消えていく。
どんな結末になろうとも。
それがたとえ、叶わない願いだとしても。
伝えることができるなら、俺は。






初から最後まで、それは演技だった




 この幸せを。
泣きたくなるほどの幸福を。
愛してるを、伝えたい。




END!
────────────
ヴァサゴを振ったことで覚悟決まったキリトくんの話です。
幸せになって欲しい。

更新日:2022.03.11

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