契約

 あのガキ、、、、から呼び出しがあった。
メールで済ませばいいものを、わざわざオレと「あの男」に一斉送信で送ってきやがった。
思い当たることがないわけでもないオレは拒否するわけにもいかず、部屋へ向かうための支度をした。裏に監督の影がチラつく。
 指定された部屋へと向かえば、ちょうど「あの男」……茅場晶彦と出会した。
オレと茅場は何も言葉を交わすことなく、さっさと部屋に入ろうとドアノブに手を掛けようとして、中の声に目を見開いた。

『あはははっ、ユイ、今その動画はダメだろ!』
『だってパパ、お顔が怖いです!』
『今から真面目な話するんだからそりゃ怖くもなる……いやだから待ってくれって!』

 オレは間髪入れずに扉を開ける。
そこにはオレをこの部屋に呼び出した監督お気に入りのガキである「ユイ」と、オレのこの世界での生きる目的である男が笑い合っていた。

「あ、パパ。お二人が到着したようですよ」
「わかってるよ!って、なんだその顔。相変わらずだな、お二人さん」

 オレの後ろから顔を見せた茅場も、キリトを見て絶句している。
オレと茅場は早々に部屋に入ると、オレたちの驚きを独占している男が笑った。

「とりあえず鍵をかけてくれるか?話はそれからだ」


+++


「キリト、なのか?」


 オレは戦慄く。
胸が、心臓が跳ねる。
口が乾いて、まともに言葉も話せない。
 目の前の男は立ち上がり、そして──────
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、あの時の表情を浮かべてオレと茅場を射抜くように笑った

 ゾワッ、と全身の毛が逆立つ。
この男は、オレが追い求めてきた男なのだと、とうとうその時がやってきたのだと、オレにその眼が告げている。
 それは隣にいる男も同じだったのか、普段の鉄仮面などどこかに捨て去ったかのように口元を笑みの形に歪めていた。

「そうだな。どう言うのが正しいか。あー……とりあえず。こっちの世界では"初めまして"かな」

 キリトがそう言った瞬間、オレと茅場は歓喜の想いが溢れ出したように、キリトに口を開きかけた。が、それを当の本人が止める。

「待った。話したいのはわかるけど、先に座って話そうぜ。この世界はゲームじゃないんだからさ」

 にっこりと笑みを浮かべたキリトに、ユイが抱きついた。

「ここでの会話は誰にも聞かせませんからご安心を。監督もご存知です、お分かりでしょう?」

 まるで『パパに近づいたら誰であっても殺す』とでも言いたげな苛烈な視線を寄越したガキに、しばらく考えた後に動いたのは茅場だった。
キリトたちが用意したのであろう来客用の椅子に腰掛け、敵意がないことをアピールする。

「監督とユイ君が目を利かせている以上、何もするつもりはないさ」
「お前はどうなんだ、ヴァサゴ」

 キリトに本名を呼ばれ、不覚にも胸がときめいた。
無論この世界での本名ではない。前の世界……SAOが存在した世界での本名だ。
キリトはオレを役者名で呼んだだけかもしれないが、それにしては声に含みがありすぎた。オレはキリトから引き離されるなんざまっぴらであったので、笑みを浮かべて茅場から少し離れた椅子に腰をかける。

「もちろん、オマエの話を聞かせてもらうさ」

 オレと茅場が席に着いた事を確認すると、ようやくキリトも椅子に座った。
こちらは二人がけのソファで、キリトの左隣にガキが座る。
オレとキリトはローテーブルを挟んだ向かい側だ。机にはガキが用意したのであろうコーヒーが置かれている。湯気が出ているので、煎れたばかりなのだろう。だが、いつの間に用意されていたのかはわからなかった。このガキは本当にこちら側の存在なのかと疑わしくすら思う。

「……よかった。それじゃあ、まず俺があんたたちを呼んだってことはもうわかってるよな」
「ユイ君からカザルス君と共に呼びつけられたのには驚いたよ。監督の指示かと思っていたからね」
「ああ、嫌がらせかと疑ったぜ」

 そう答えると、キリトは苦笑した。
キリトでなければありえない組み合わせだ。

「結論から言うと、数日前に俺の記憶が戻った。俺以外に記憶がある奴が二人いるってユイに聞いて、誰の事か尋ねたらあんたたちの名前が出たからさ。報告も兼ねて、改めて自己紹介でもしとこうかなって」

 キリトが当時のままの表情で答える。
口調も、語り口も、瞳の熱ささえ、当時に戻ったかのようだった。
そう、一言で言ってしまえばそれは「桐ヶ谷和人」ではなかった。

「何が原因で戻った?」
「それは俺も聞きたいんだけど。俺は完全にドラマの影響だよ。ドラマを進めていくうちに脚本渡される前から先に起こる事を知ってたり、かつての知り合いの転生姿見たら頭ガンガン痛み出して。はっきり自覚できたのは色々重なったからだけど、まあ概ねそんな感じ」

 キリトが語った内容に、オレはなるほどなと納得した。
茅場も隣で頷いている。

「茅場はどこで?」
「監督に出会う前に、鉄の工場を見てまず今の人生に疑問を抱いた。芸能活動の仕事で海外の城も見て回ったよ。そして監督に出会い……まあそこからは連鎖的に、かな」
「あぁ……」

 キリトは鉄のお城ね、と遠い目をしている。
桐ヶ谷和人だった時は「茅場さん」と慕っていたこの男には実際こんな態度だったのかと若干の嫉妬を覚える。

「ヴァサゴは?」
「オレは自分の名前にずっと違和感が残ってたんだよな。何がおかしいわけじゃねえが、ガキの頃からだ。その違和感の正体は、オマエの名前を聞いた時確信に変わった」
「は?俺?」
「アリスが子役だった頃、たまたまオレの耳に"キリト"っつー単語が聞こえてきた。まだオレがモデルとしての道に進んですらなかった頃だ。オマエの事思い出した瞬間に、この世界の意味を知った」
「……この世界のお前のご両親は、日本人どころか東アジアに全く関わりのない人たちだった気がするけど」
「Exactly. だからこそ、違和感の正体にもしっくりきたんだがなァ……で、貴様がどうせこの男を追ってくるか、アリスともう一人の騎士様を追いかけてこっちの業界に来るだろうと思って先にモデルとして活動してたってわけだ」

 オレがそう答えれば、キリトは苦い顔をした。
その隣ではガキが心配そうにキリトに寄り添いながら「ストーカーですよパパ」とのたまっている。ストーカーじゃねえ、運命って言え。

「なるほど、俺より前にそんな感じで記憶が戻ってたんだな。あんたたち二人とも、こっちの世界で好き勝手してないよな?」

 キリトが俺と茅場を交互に見ながらそう言えば、茅場はクスリと笑った。

「ゲームを作っているとは言ったが、それはSAOではないよ」
「それ信じられるほど俺お前を信じられないんだよなあ……」

 キリトがそう言えば、茅場は今度こそ苦笑した。

「作りたくても伝手がない。そもそも研究チームもなければ科学者でもないからな」
「マスコミ嫌ってたアンタがまだ芸能活動してることに驚いたけどな」
「記憶が戻ったのはつい数年前だ。それこそSAOが始まる直前だよ」

 キリトはその答えに複雑そうな表情を浮かべた後、はあ、とため息をついた。
思うところはあるらしいが、俺にも聞く必要があると思い直したのだろう。

「お前は?」
「何かしてたら貴様に会えねえだろうが」
「本気で言ってるから嫌なんだよなお前……。俺とこっちで会ってどうするつもりだったんだよ」
「ここで言わせんのか?」
「殺し合いじゃなきゃ話を聞いてやってもいい。生まれは日本じゃないくせにわざわざお前の大嫌いな日本に来たんだ、それなりの理由があって欲しい」

 既に答えはわかっているが、念のための確認らしい。現実逃避のようなキリトの態度に笑みを浮かべる。オレがオマエ以外を求めるわけがない。

「オマエに愛を囁くため」

 オレはキリトにそう真正面から伝える。
キリトはその瞳と言葉をしっかり受け取った後、数秒考え込みオレに問いかける。

「それ、殺し合いって意味じゃないよな」
「ああ、今回はオレも大人しくしてるつもりだぜ?監督に釘刺されてるしな」

 そう答えれば、キリトにくっついていたユイが声を上げる。

「お二人ともですよ、パパ。何かしようとした時点でアウト、即BANだそうです」
「即BANってゲームじゃないんだから……いやでも監督ならできそうだな」
「できますよ!パパと関わらせなければいいんです。ヴァサゴさんはお国にお帰りになってもらって二度とパパと接触禁止にするって脅してましたし、茅場さんは研究者としての道に踏み出せないよう大嫌いなマスコミに色々流すって脅してました」
「ちなみにその案を出したのは?」
「私です」
「ひどい話だ」

 キリトが頭を抱えるが、監督が……というより側のこの少女が既にその計画の根回しをしている事を理解したのだろう。「うちの娘は優秀だなあ」と遠くを見ている。オマエの娘だったらなんとかしろ。

「ちなみに、だが。キリト君はアスナ君のことは今はどう思っているのかな?」
「んん……友人だな」
「おや、濁すね」
「難しい立場だからさ。彼女にはもうこっちの世界では俺に付き合わせるつもりはない」

 キリトは200年の記憶が存在するのだろうか。オレが味わった、あの愛おしく狂おしい記憶も、こちらに受け継がれているのだろうか?いや、おそらくキリトの周りがそれを許さなかったはずだ。なぜならその記憶を奪わなければ、今度こそキリトはキリトではない何かになってしまうだろう。
あの後出会ったオレの事も今は思い出せないままのようだ。記憶が戻ったと言っても、断片的なものなのだろう。少し残念だが、当時のことを思えばオレだけが知っているキリトの痴態としては楽しめる。教えるつもりもないので、また記憶が戻るのを楽しみにしておけばいいだろう。

「恋愛感情は?」
「今のところはないな。好きだけど、恋愛としてじゃなく親愛みたいな感じ。そもそも、向こうには記憶がないんだ。オレが前世の恋人だって言ったところでどんな反応されるかわからないし、そもそも信じてくれたとしてまた恋人になりましょうってわけじゃないんだから、何も言うつもりはないよ」

 キリトの言葉に、ユイは若干不満そうな顔をする。まああの《閃光》をママ、と呼んでいたのだから仕方ない。オレもそれに関しては意外に思った。あの女以外にキリトの想いを受け止められる程度の清い存在がいるとも考えにくかったからだ。

「まあ彼女のことはまたオレも考えるよ。話が長くなったけど、とりあえずこの世界では平和に過ごしたいからさ。記憶が戻ってる奴らの意見を聞いておこうと思って今日は呼んだわけ」
「満足できたかな?」

 茅場のその一言に、キリトは頷いた。

「今のところは。ただ、もし何かしようとしても、今度は俺が事前に止められるから。まあ、いいかな」

 その言葉に、オレと茅場はまたも絶句した。
キリトは今、なんと言った?

「お前らが周りの人間のことも何もかもお構いなしに動くってんなら────また俺が止めるさ。けど、俺はお前らとこの世界では平和に暮らしたいんだよ。お前らが望むならどんな話にも付き合ってやるし、前の世界の話がしたいならいくらでも話せばいい。ただ、この平和を壊してくれるなよ。それだけは許さない。絶対に」

 キリトは不敵に笑う。その瞳は夜空のように煌めいていて、あぁ俺が愛しているのはやはりこの男だったのだ、と理解した。



「改めて────この世界でもよろしくな」














 オレの世界は、また廻り始めた。




END!
────────────

はい!と言うわけでこのシリーズでとりあえず不安要素を潰しておきました。
このシリーズは不穏にする予定はないので安全策です。
不穏なのはもう一個の方だけで十分です。

+++
※飛ばして貰って大丈夫です。

アニメ見れてないのでアニメ派の方にとってはネタバレもいいところなんですが、このサイトは書籍基準なので許してください。と言いつつユナイタル・リング編は読めてないんですよね。
なんでって 読むのに時間を要するほどこじらせてるからですね SAOを ( ˘ω˘ )
AWとSAOがリンクするのまだ先だと思ってるんですけど最新刊でそれっぽいの出てきてるらしいので余計こじらせな私としては「待って……」と言う心境です。先生いろいろ大丈夫だろうか。主にキャパオーバー的な意味で。

はい。

ところで昨日アクセス数が100名様を超えておりました。嬉しい限りです。アニメの恩恵を感じる……。

更新日:2020/09/07

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