消毒用アルコール

※モル→キリ要素多め。
R15程度のグロ描写があります。
+++



 流される、流される。拒んでいたその手には望んだものが手に入っていて、それを忌々しく思った。
誰もかれもが自分の思い通りに動くと思っているのだろうか。いや、それはないだろう。そうであるなら、俺が今ここにいるはずがないのだから。

「キリト」

 甘く囁くその声に、俺は答えてやらない。いやだ、と言ったのにまるで聞いちゃいない男に答える義理はない。

「キリト」

 それでも何が楽しいのか名前を呼ぶこいつを、拒んでやれたらどれだけいいか。今ここで首をこの手で絞めた所で、こいつは笑って「愛してる」と返すだけなのだ。
 コンコン、とドアが叩かれる。望まずに身体を重ねていた俺にとっては有難い話だが、相手によるのも確か。チラとドアを見ると、PoHも気が逸れたのを気にしてか視線を後ろへ向ける。

「誰だ」

 目の前の男が代わりに声をかければ「ありゃ、ヘッドお楽しみ中でしたか?ジョーさんたち帰ってきましたよ」とモルテの声がする。赤い瞳が眇められ、俺の頬にキスを一つ落とす。

「今いく」

 そう返したこいつは、ずっと握っていた俺の右手を解放した。

「……帰ってきたら、続き、しような」

 蕩けるほどの声色でそう囁いた悪魔に、俺は「しない」とだけ返してやった。だがそれでもこの男にとっては満足のいく答えだったようで、もう一度俺の目尻にキスを落とした。離れていく体温に、データの塊であるのにおかしな話だよなあ、なんて場違いな考えを巡らせる。

「モルテ、キリト見張っとけ」
「いいんですかー?」
「こいつが外に出ねえようにな。あとでまた来る」

 「別に逃げたりしねーよ」と心のうちで毒を吐くがそれすらお見通しのように「念の為だ。お前はジャジャ馬だからな」と返された。そんな言葉どこで覚えたんだ、と思ったが口には出さない。早く出て行け、とにらめば、ひらりと手を振って外へと出ていった。

「ありゃ、ご機嫌斜めですねえ」

 ボスの命令通りに部屋へと足を踏み入れたモルテが俺を見るなりそう言った。ベッドの上に着崩れた衣服と共に寝そべりながら不機嫌を隠そうともしていないのだ、わかりやすいと言えばわかりやすいだろう。

「お邪魔しました?」
「冗談言うな。むしろ今回は助かったよ。嫌だって言ったのに聞かなかったからな」

 衣服の乱れを直しながらモルテにそう答える。どこかで邪魔が入るかなとは思っていたし、どうせあの男もそれを見越して俺の服を全て脱がさなかったのだから、本気ではなかったのだろうが。

「キリトさんが怒ってる理由、当てちゃいましょうか」
「わかっててそう言ってるならお前も出て行け」
「アハァ。いえいえー、わかりませんよ、キリトさんの考えてることなんて」

 モルテはズカズカとベッドに近づくと「座っても?」と声をあげる。

「勝手にしろ」
「どもどもー」

 椅子があるにも関わらず距離を詰めてくるこの男のやり方は嫌いだが、PoHの命令があるので監視は続けるだろう。案外人の下に着くことをよしとしているのだな、とこの男を見るたびに思う。

「お前はPoHを慕っているよな」
「ええ、そうですねえ」
「殺しがしたいのも、あいつの影響か?」
「さて、それはどうでしょーね」

 それは違う、と。俺はモルテの好感度が一段階下がった事を自覚する。どいつもこいつも人殺しを楽しむ輩だ。PoHに唆されたのならまだしも、こいつはそれ以上に快楽を求めて人を殺めている。俺はため息をつくと、遣る瀬無い気持ちでその男を見つめた。

「"死神"という名前でゲームをプレイしている時点で、なんとなくお前も同じなんじゃないかとは思っていた」

 今更ながらにそう感想を話す俺を、モルテは驚いたように見つめた。

「おやおや、もしかして前回のおしゃべりからわかってました?」
「ああ、少し調べれば”だろうな”って所には行き着く」

 アルゴ経由で語学に堪能な人間を紹介して貰った時、ついでに聞いた。もちろん報酬は聞いた分だけ支払ったし、俺への偏見もない人間である。名前を自らの信条にしているプレイヤーは案外多い。何かのヒントにならないか、と聞いた結果だったが、収穫は思った以上に大きいものだった。英単語ならまだしも、イタリアやフランス、インド、ドイツ、同じ東アジアの言語だってろくにわかりはしないのだ。餅は餅屋。この世界に閉じ込められていなければ、さぞかし外の世界で活躍できていただろう。

「お前、自分が死ぬなんて微塵も考えてなさそうだったから。奪う側だと思ってたんだろ?」
「アハ、キリトさんに負けた時の事言ってます?ざんねんざんねん、自分、あの時とはちょーっと考え変わってますよ」
「そのまま人殺しは悪い事だって当たり前の倫理観を取り戻してくれる事を祈る」
「またまた、思ってもない事を。もう取り返しなんてつかないんですから」

 モルテはコイフを取り外すと、短い茶髪の下からごく普通の青年の顔を出した。自分より少し年上の、日本人の顔。データの塊であるはずなのに、その瞳は鈍く濁っている。

「……それでも、何度でも言うよ。間違ってる、って」

俺はそう言葉にする。その言葉を聞いていたモルテは、どろりと濁った瞳に仄暗い光を映し出した。

「キリトさんは、いいこ、ですねえ」
「……いいこ、ね。俺がそうなら、この世界でソロなんてしてないよ」

自虐的にそう笑ったキリトに、モルテは手を伸ばした。それをはたき落したキリトに笑う。

「ふ、ふふ。あれ、今そう言う雰囲気だったじゃないですか」
「今のお前を受け入れることはない」

 笑顔が消えたキリトは底冷えするような声色だった。ぞくり、と背筋が震え上がる。

「答えあわせをしてやろうか。俺はお前たちが外へ出て何をしていたのか知っている。何人殺したのかまでは知らないが、その手で俺に触れるな」

 明確な拒絶の言葉に、モルテは笑いをこらえきれず声をあげた。

「あっは、あっははは!ふふ、はは、なるほど!」

 顔を上にあげ、目元を片手で覆いながら笑ったモルテがゆっくりとその手を外す。そこから現れた瞳は先ほどの比ではない、爛々とした熱を持っていた。キリトはそんなモルテを目を細めて見やる。モルテに見えない位置でコンソールを操作し、すぐに小型のナイフを取り出せるようにした。

「いやあ、自分ダメなんですよね、そう言うの。ヘッドの事はよくて自分はだめ、ってひどいじゃないですかー」
「煩い。お前はPoHとは違うと言った」
「こんなにキリトさんを想っているのに?愛しているのに?」
「お前の愛は愛じゃない。PoHのアレとも違うだろう。それはただの支配欲だ」

 俺はベッドから立ち上がる。モルテが見えない位置で手を伸ばしたのが見えたからだ。

「どうしてわかってくれないんですかね?」
「俺を殺そうとしたお前のアレは、美学とかなかったからな。PoHならああ行ったところで殺さない」
「相思相愛ってやつですかー?やめてくださいよ、反吐が出る」
「残念ながら、事実を述べてるだけなんだよな。美学があればいいってもんでもないけど」
「ハァー……大人しく身体差し出して、女顔に見合った甘い声出してくれてればいいんですよ」
「なるほど、それが本音か。俺はお前のモノでもないし……ついでに言えば、俺はお前程腑抜けじゃない」

 まるで子供のそれだ。遊びの延長で殺しを楽しむモルテが、俺はやはり好きにはなれない。そして、再三触れるな、やめろと言っているのに再び自分をベッドに引き戻そうと手を伸ばしたモルテを見て、俺は何かがキレる音を聞いた。触れるなと言っているのに触れようとする事もそうだが、言葉の節々から俺をなめている事がわかってしまう。ソロでなめられることはよくあるが、こいつのそれは違う。だから余計に許せない。俺は立ったまま、にっこりとモルテの側へ近付く。


ドオッ!


 激しい音とともに、ベッドに座っていたモルテが一瞬で吹っ飛ばされる。

「ッ!?」

 モルテが俺の蹴りによって部屋のドアをぶち破り、廊下の壁にめり込んだ。体の勢いを止められず、咄嗟に受け身をとろうとしたが間に合わなかったモルテは無慈悲に圏外ゆえの少なくないダメージを負う事になった。モルテのゲージが一気にイエローゾーンに入ったのを確認し、俺のカーソルもオレンジになる。立派な傷害だが、清々していた。

「が、はッ!」

 突然の轟音に、アジトに残っていたラフコフのメンバーが何事なのかと顔をだす。俺は特に逃げ出さず、もう一度ベッドに座り足を組むと、ドアの向こうで蹲っているモルテを冷めた視線で見下ろしていた。

「ぐ、い……ったいですねえ……」

 モルテが呻くのを聞きながら俺は極寒の視線で応えた。

「二度と俺に触れるな」

 他のラフコフの面々が待ってましたとばかりに俺に向けて剣を抜くが、当のモルテ本人がそれを押しとどめた。

「あー、ちょっとキリトさん怒らせちゃっただけなんで、大丈夫ですよ」

 俺はその場から動かない。モルテと他のメンバーを睨みつけ、この部屋へと足を踏み入れたものは容赦しないと理解させた。ラフィン・コフィン壊滅のための布石はすでに打ってあるが、今日これからというわけではない。完全に成り行きだが、モルテが今ここで俺を排除する気がないことはわかっている。何より、ボスの御達しが出ていない。勝手な真似をすれば首が飛ぶのは自分だ。

「ギャハハ!モルテだっせえ!」
「うるさい、ぞ……」

 幹部が楽しそうにこちらに歩いてくる。俺はその声を聞いていくつかナイフを取り出した。どうせ有り余っているのだ、ここで使わずしてどうする。無論、モルテに投げつけるためではない。そもそもこの程度の小型ナイフなど当たったとしてもレベル差で弾かれるのがオチだろう。ヒョコ、と顔をのぞかせたジョニー・ブラックが俺の顔を見るなりまた大笑いした。

「キリトさんキレてんじゃんウケる!」

 そう言ってジョニーが部屋へと足を踏み入れようとした瞬間、カカカ!と音をたてて入り口にナイフが刺さった。

「うおっ!?」
「入る気なら腕一本落とされる覚悟で来い」

 柔らかな笑みを湛えてそう言えば、「キリトさんこわいよー」とおどけた返事が聞こえる。そこまで大きな部屋でもないため、乱闘には向いていない。が、この部屋だけで戦うつもりは毛頭ない。この男も、赤目の男も、俺に好意があるならわきまえろと言いたいところだった。俺にとっての人殺しはPoHだけが例外だと言う事がまだわかっていないらしい。

「黒の、剣士……貴様、俺たちと、事を構える、気か……?」
「お前だけは冷静だと信じていたのに、全く裏切られた心持ちだよザザ」

 俺が微笑みながら返答すれば、ザザは怯んだように黙り込んだ。その程度なら最初から俺に告白などしてくるな。あぁ、イライラする。殺人鬼に好かれている自分も、それをよしとしている状況も。度し難いとはこの事だ。攻略組に戻る事さえ今は叶わないのだから、いっそのことここを飛び出して第三者としてかき回してやろうか。いや、道化は俺には向いていない。それこそPoHの得意分野だ。下手に動けば俺のこれからの信用をどちらも失う。冷静さを欠いているのは俺かもしれない。

「随分お怒りだな、キリト」

 ようやく本命の登場だ。俺の撃ち放った小型ナイフなど気にもせず、ズカズカと部屋へ入り込む。

「お前のせいでもあるんですけど」
「そりゃあ失敬。ご機嫌取りは必要ないか?」
「甘いものが食べたい」
「後でな」

 言質はとった。俺はハァ、とため息をつくと、「手は洗ったか?」と問いかける。

「必要なら酒でも開けりゃいい」
「アルコールで?そりゃいいね」

 皮肉を交えて俺は立ち上がる。

「カーソルがオレンジになったついでにストレス発散に付き合ってもらおうかな」
「どこまで?」
「俺が満足するまで」
「明確な基準がいるだろ」
「はは、珍しいな。いつもと立場が逆だ」

 俺は笑いながら吹っ飛ばしたモルテのいる方へと歩き出す。周りのメンバーが警戒する中、俺とPoHはそいつらが視界に入っていないようなそぶりで外へと向かう。

「腕と脚、全部なくなるまでとか?」
「それじゃ最悪オマエの装甲じゃ死ぬからだめだ。レッドになるまで、だな」

 俺とPoHの会話に、怯えた下っ端のメンバーが震えたのが見えた。

「オマエらはそのオブジェクトどっか片付けとけ」
「そのナイフはやるよ、捨てといて」

 どうせ1ダメージにもならないのだ。牽制のためのナイフなど必要ない。たとえあれで首を切りつけられようとも、俺が死ぬほどのダメージは入らない。

「ちょ、ちょっと待ってくださいって!キリトさん、これどう言う事すか?」

 ジョーが喚く。うるさいので一瞥してやると、慌てたようにこちらを伺うメンバー数人がいた。

「モルテに聞けば?」

 俺が答えたのはそれだけ。それ以上答える気は無い。PoHも笑うだけで何も言わないので、途方にくれたようにその場に立ち尽くしたメンバーを背に俺たちは歩き出した。
──────くだらない。




+++

▼とある酒場の上の宿屋



 アルゴは爆笑していた。今しがた送られてきたメッセージの送り主にも、その内容にも。

「こっ、これは報告した方がいいのカ……?にゃ、ニャハハ!」

 アルゴが受け取ったメッセージにはこう記されていた。

『カーソルが一時的にオレンジになった。俺の尻をしつこく狙う輩から自分の尻を守るため仕方なくやった。具体的には蹴りを入れてHPゲージをイエローまで削った。 以上』

 である。差出人は言わずもがなキリトであるが、この書き方は絶対に殺人を犯した人間が書く文章では無い。オレンジになった理由も概ねこの通りだろう。昨日の今日でやってくれる。

「コレをあの団長さんになんて報告するカ……ふ、ふふ、キー坊はホント、オイラを退屈させないナー」

 とりあえず、キリトに迷惑をかけないために履歴は消した。返信はしない。届いたことはわかっているだろうからだ。

「あー、早くオイラも混ぜてくれヨ、キー坊。待ちくたびれて欠伸が出ル」

 キリトの意思を尊重し、こちらから攻略組の現在のマッピングの情報と攻略の進み具合、ボスの情報などはアスナと共にかなり詳細にまとめてある。それ以上に、今の攻略組の現状の方がキリトは気になるだろうから、そちらもまとめておいてやる。正直に言ってしまえば、キリトのいない攻略組など腑抜けの集まりだ。本人たちは使命感に燃えているようだが、その中に紛れた一滴の毒にも気がつかないようでは未来などない。無論アスナの手前そのような本音を漏らすことはないが、話を聞く限りヒースクリフも同じような見解であると知った。自分の作ったギルドが懸命に動いているのは理解しているが、キリトがいないだけで腑抜けになるような……言い換えれば空気が悪くなるような人間の集まりなど高が知れている。

「……問題は、どこに、誰が、どの規模で、ダナ」

 それを調べるのがアルゴの役割だ。モルテの件から警戒はしている。が、基本的な情報源はキリトの鋭い勘と自身の嗅覚だけだ。アスナはその辺り、鈍感とは言わないが自身に向けられる好意に隠されているケースが多い。

「早いとこあぶり出しとかないト、キリトに面目立たねーナ」

 アルゴは一つ伸びをすると、宿屋を後にした。向かう先はとりあえずKoBの団長室である。到着するまでには、キリトのオレンジカーソルのそれらしい理由を考えておかねばならない。……いや、必要ないか。



+++



▼圏外の高原


「で、なんであんなに怒ってたんだ?」
「お前にも怒ってるし、モルテにも、他のくだらない奴らにも怒ってるけど」
「オレンジに変わる程キレてンじゃねえか」

 PoHは俺の後ろをついてくるだけだ。誰もその後をついてきたりはしない。デートの邪魔をしないだけ、あいつらにもまだ賢さがあったというわけだ。

「モルテが俺の許可なく触れようとするのが悪い」
「あぁ、成る程」
「……あと」

 くるりと振り向くと、剣をストレージから出して装備した。

「愛だのなんだのほざくから、お前のそれは支配欲だと言っておいた」
「モルテのアレが愛、ねえ」
「お前は興味ないだろうけど」

 そう言えば「確かに他人の愛だのなんだのには興味がねえな」と返された。

「オレはオマエを愛してる」
「知ってる」

 それが合図だった。怒りをぶつけるように刃を滑らせる。友斬り包丁が俺の斬撃を受け流し、鈍い音を響かせる。どちらかの腕がもげ、脚が削ぎ落ちるまで。もしくはHPケージがレッドゾーンに入るまで、殺し合いデートは終わらない。うっかり殺してしまっても、それはそれだが。お互いに、そうはならないと知っている。なぜなら舞台が整っていないから。愛し合うには、ギャラリーが足りないのだ。こいつは俺を愛していると周りに知らしめたいのだ。証人が欲しいのだろう。俺はどちらでも構わないが、できればここでは死にたくない。が、手加減などは一切しない。それは相手も同じだろう。どころか、この男は愛を伝えるために何度でも刃を向ける。首か。胸か。腹か。腕か。脚か。どこでもいいから切ってやる。
 血が出ないのが残念だ、と言っていた。最近になって、エフェクトでも多少赤い光が漏れる程度なのは茅場の最大の配慮か、はたまた良心か、それともショックで自滅しないためなのかと考えるようになった。どれでもいいが、この男のようなプレイヤーが現れるとわかっていたのなら、血が出ないような設定にするのも止むを得ない。R指定が入ってしまえば、そもそもこいつとも出会うことはなかったのだから、血が出ない配慮はされて然るべきだ。まあ、こいつの考えは血が出た方が面白いというだけの話なのだろうが。

「ッああ!」

 俺は吠えながらPoHに斬りつける。楽しいのだろうか。こいつなら存分に斬りつけてもいいのだと知っている。怖さなどない。こと、この男に関してだけは。割り切って行くほかないのだ。ここはゲームなのだから。

「キリト、笑ってるな」
「……好きだろ?」
「愛してる」

 まるで口づけているようだ。剣を打ち合い、音をかき鳴らし、衝動のままに相手を切り刻んでいる。甘ったるい雰囲気など微塵もないのに、何故だか体は甘く痺れる。蕩けるほどの息遣いで、相手の身体を削っている。刺されて。削がれて。貫かれるまで後少し。

「気持ちいい」
「俺もだ」

 まるで睦言。だが蓋を開ければ狂気のそれ。お互いに狂っているけれど、そんなことは今はどうでもいい。どれぐらいそうしていただろう。とうとう俺の剣が紙一重でPoHの腕に突き刺さり、剣を一回転させ左腕をぶった切るところまで漕ぎ着けた。だが、それで終わらない。即座にPoHは残った利き腕で俺の脚を狙い、上段から力技で俺の剣を弾き、右足に致命傷を負わせた。お互いにケージはレッド一歩手前である。目を見開き、最後の一太刀を浴びせるため、動く。


「「オオオオオオッ!!!!」」


──────そうして。

「はっ、はっ、はっ……」
「……イキかけた」
「ん、こら……そう言う事言わなくていいから」

お互いにケージがレッドに突入し、片足と片腕をお互いに無くした。荒い息を整え、地面に転がる。

「今モンスターに襲われたら俺たち即死だな」
「そうならねえようにオレがキリト守ってやるよ」
「へえ?じゃあ俺はお前を守ってやるさ」

 倒れ込んだ相手にそう語りかける。キリトは左足を立て、座り込んだ。この高原のモンスターは自分たちより随分と低いレベルのものだ。難なく倒せるだろうし、この世界は自分より強い相手には集団でない限り襲いかかってくることがない。遠目に見ても、こちらに近寄る気配はなかった。水をさされないためにこの場所を指定したのだ、全く問題はなかった。

「あー、久しぶりに気持ちよかった。モンスターの雑魚しかこの一ヶ月ちょっと相手してなかったからなあ」
「レベル2つ上げておいて良く言う」
「効率がいいんだよ」

 ケラケラと笑うキリトに、呆れたようにPoHが笑う。PoHのそばにズリズリと移動すると、仰向けに寝転んだままの男の顔を見た。

「どうした?」
「んー……」

 俺はストレージを操作すると、エギルの店から購入したモンスター除けの効果がある酒を取り出した。この世界では未成年でも飲酒できる。酔わないからだ。酩酊状態のデバフがつく酒はまた別のものである。

「在る方出して」

 言わずもがな、右腕だ。何をされるか察したPoHはゆらりと俺へ手を出した。キュポ、とコルクを抜き、上からびしゃびしゃと浴びせかける。

「もったいねえな」
「元々あまりものだからいい」
「アルコールなんてねえんだから気休めだぞ」
「知ってる。俺の気持ちの問題なの」

 俺は高揚した気分が静まっていくのを感じた。最初は怒りに任せていたが、途中からこの男と思考の読み合いに移行していったのだ。楽しくなかったといえば、嘘になる。

「……なあ、PoH」
「あ?」
「腕と脚戻るまであと10分程度だろ?ここのモンスターは俺たちに襲いかかって来ない」

 何が言いたい?とPoHは訝しげにこちらを見つめていた。俺はニヤリと笑うと、囁いた。

「ここで、しよっか」

 熱くなった体を覚ます方法が、これしか思いつかなかった。普段なら、こんなことは言わない。野外で、しかもモンスターのいる場所で、など。

「ポーション飲ませてやるから、しよ?」
「……ククッ、ハハハ!」

笑いをこらえきれなかった、否、堪えることすらしていないPoHが声を上げて笑う。

「いいぜ。オマエから誘ってくれるなんて嬉しい限りだ」
「まずポーションからな。そのまま飲む?体起こす?」
「口移しで」
「……今は気分がいいからやってやろう」

 上から目線で、俺はポーションを呷る。ちゅ、と口付けて、そのまま口移しで液体を飲ませる。何度かそれを繰り返し、PoHのケージがイエローからグリーンに変わった頃、ようやく唇を離した。自分でも同様にポーションを飲み込み、ペロリと唇を舐めた。じわじわと回復していくケージに緊張も薄れる。こんな遊びに結晶を使うのはもったいない。

「騎乗位で」
「ノリノリだな、キリト」

否定はしない。先ほどの回答に応えるべく、俺はそういえば、と区切った。

「他の男の名前出すけど、あの幹部も他の雑魚も、俺嫌いなんだよね」
「俺は?」
「前から言ってると思うけど……PoHも嫌いだよ。でも、あいつらとはちょっと違う。どちらかというとPoHは怖い」
「I see. まあ理解はしてる」
「不満か?」
「まさか」

アルコールが乾いた腕を伸ばし、俺の頬を撫ぜる。

「要するにトクベツって事だろう。不満はねえよ」
「ポジティブだな」
「愛するヤツが自らオレを求めてくれるからなァ」

 嫌いなのに、身体の関係はあるだとか。それ以上の、複雑な感情があるだとか。関係性に言葉をつけられないから難しいのだ。

「俺はお前だから付き合ってんの。あいつら人殺しとしての自覚が足りない。頭も足りない」
「所詮猿だからな」
「俺だけは違うって?」
「違うだろ?」
「お前を受け入れている時点で他と変わらない」
「そう言える事自体が他と違うんだよ」

そうこうしているうちに腕と足が感覚を取り戻した。

「お、生えた」
「じゃあ」
「あぁ」

 先ほどの戦闘の余韻が抜けていない。それを発散させるため、俺はPoHの上に乗っかった。

「今日は引き分けだから、残りは帰ったら、だ」
「しないんじゃなかったのか?」
「消毒終わったから、もういいよ」

 都合のいい言い方をして、俺はPoHへとキスをする。どうせ俺の手も汚れているのだ、今更消毒も何もないのだが。





毒用アルコール




END!
────────────
1ヶ月ぶりの更新です!
18万hitありがとうございました。改めましてお礼申し上げます。
諸事情で更新頻度遅くなっておりますが、相変わらず好きです。
キリトくんのPoHへの想いも、多少こじれているってところが書きたかった。

ジョーもザザもモルテも他の人間も、みんな「好き」「愛してる」っていうけど、それがどれほどのものなのだろう、って話です。
PoHの愛の在り方を知ってしまっているキリトくんからすると生温く感じるんじゃないかなって。
なにせ方向性が微妙に被ってるから。
ここのキリトくんが欲しい愛情はアスナちゃんたちのような優しく包み込むようなものじゃなくて、臓腑を焼き尽くして喰らい尽くすようなものなので、与えられる人間は限られてくるよね、みたいな。

あと薄々お察しの方もいらっしゃると思いますがアルゴさん好きです。
あの冷めた感じというか、一線引いてるけどキリトくんだけは特別扱いしてるところとか最高です。年上のお姉さんやお兄さんに好かれるキリトくん可愛い。


次回は一旦攻略組のターン!KSAとかその周りの反応とか。
恋愛要素薄めになると思います。
過去編(キリト君に何があったか編)にそろそろ突入したい。

ありがとうございました!


更新日:2019/07/13

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