抱きたくてたまらないとか、そういう熱とは無縁の人生だった。
もちろん性欲は普通にある。男だし。
けどセックスなんて誰とでも出来るし、誰としたって気持ちいいし。
まともな恋愛なんてしてこなかった自分だから、セックスとはそういうものだった。
でも、Firstnameを好きになって。
自分という人間の奥底から湧いてくるような、抑えられない種類の気持ちがあることを知った。
Firstnameが欲しい。
…俺を受け入れて欲しい。
渇望と懇願、ずっと背中合わせだったそれらが混じり合って、どんどん膨らんで。
なんとも御しがたい形になって、今の俺を支配している。
俺の下で、俺を見上げるFirstname。
望んでたまらなかった瞬間なのに、いざ目の前にしたらこんなにも心臓がうるさい。
二人分の重みを受けたベッドが軋む。
ほんのりと頬を紅潮させたFirstname。
期待と緊張が入り混じった、女の顔だ。
(可愛い…)
この表情はきっと今夜しか見られないから、忘れたくないから目に焼き付けとこう、なんて妙に冷静なフリをする自分もいるけれど。
それでも俺の手のひらは汗ばんでいて、喉はカラカラに乾いていて、自分が緊張していることは誤魔化せない。
無意識に唇を舐めた。
(童貞かっつの…)
ベッドで緊張してるなんて知られたくない。
好きな子の前でダサすぎる。
「…津軽さん?」
Firstnameに呼ばれて我に返った。
「あ…うん」
つい思考に沈んでいた。
Firstnameの髪に指を伸ばす。
いつもと違って、少しぎこちない動きで。
(落ち着けよ? 俺…)
前髪をかき上げてやるとFirstnameは瞼を伏せた。
露わになったおでこにキスをする。
そのまま瞼に口付けて、頬にも口付けて。
鼓動がさらに速くなっていく。
(緊張してるのバレてるよな)
この心臓の音は隠しようがない。
体が密着しているから、きっとFirstnameに伝わってしまっている。
知られたくなんかないのに。
「…津軽さん」
Firstnameが瞼を持ち上げた。
「ん?」
再び呼ばれ、動きを止める。
Firstnameは赤みの差す頬をそのままに俺を見上げた。
「なんか…」
一度目を逸らして、いつものように口をモゴモゴさせて。
「緊張しますね」
はにかむように笑った。
その顔を見たら、
(…ああ、そっか)
何かが俺の中に溶け込んだ。
(別にいいのか)
これがFirstnameと俺だ。
Firstnameのことが好きな俺だ。
カッコ悪いのはわかってるし、余裕が無いところなんか見せたくないけど、俺をこんな風にするのはFirstnameだけ。
だから多分、これでいい。
こんなにも好きな子を初めて抱くんだから───
余裕なんて無くて当たり前だ。
「…うん。緊張するね」
言葉が口から零れ出る。
Firstnameはほんの少し意外そうな表情を浮かべて、でもまた笑った。
ああ、本当に好きだ、と思った。
「…名前」
「はい?」
瞬きをするFirstname。
「名前。高臣って呼んで」
赤い頬をそっと撫でる。
「慣れないのはわかるけど。こういう時くらい下の名前で呼んでよ」
名字じゃなくて、名前で。
至近距離で俺を見るFirstname。
「…高臣さん」
その瞳に俺を映して、微笑んで俺の名前を呼ぶ。
それだけのことで温度を持ったものが胸に広がった。
Firstnameが俺の真ん中に触れているような───
俺という人間を肯定してくれているような気がして。
スマートでも何でもない、好きな女を前に緊張しているだけの男を。
名前を呼ばれただけで、どうかしてるのかもしれないけど。
俺は嬉しくなった。
柔らかな髪に指を差し込む。
心臓は相変わらずうるさいけど、顔を傾ければFirstnameの目は閉じられ二つの唇が重なる。
「…ん…」
漏れる吐息。
少しの隙間も許したくなくて唇を押し付ける。
細い腕が俺の背中に回ればそれが合図となり、重なりが深くなる。
身体の奥底に灯る熱。
じわじわと全身に広がっていく。
Firstnameに近付けば近付くほど、理性が遠のいていく。
(マジで好きだ)
手に入れる歓びと、受け入れられる歓び。
知らなかったものを知ったなら、あとは感じ合うだけ。
鼓動の高まりを熱に変えるだけ───
そうやって俺たちは、初めての熱に溶けていった。