「美味しい」
屋上で広げたお弁当。
おかずを次々と口に運んでくれる津軽先輩に、私はほっとしていた。
「Firstnameちゃん料理得意なんだねー。知らなかった」
「得意という程でもないですけど…」
褒めてくれてるのに、本当はすごく嬉しいのについ照れが先に出てしまう。
津軽先輩は目を細めた。
「良い奥さんになるね」
ドキッとした。
好きな人に正面からそんなことを言われて、胸が高鳴らないわけがない。
ちょっと慌てた。
「かっ、家庭的な女性ってやっぱり良いんですかね」
「んー、まあ、料理できないよりはできた方がいいんじゃない」
そう言いながら、津軽先輩は私が作った卵焼きを美味しそうに食べる。
(料理、もっと上手くなろう)
心に誓った。
「あの、ところで。先輩っていつもお弁当食べてるんですか」
目で聞き返してくる津軽先輩。
「さっきお弁当持った女子に囲まれてたから」
先輩は紙パックにさしたストローを咥えた。
「食べてないよ」
お茶を一口飲んで、続ける。
「全部断ってるよ。Firstnameちゃんと付き合ってからは、誰のも食べてない」
私はこっそりと安堵の息を漏らした。
「前は食べてたんですか?」
「うん」
(食べてたんだ…)
モヤッとした。
「断るのも結構面倒だし。食費浮くしね〜」
「…ですよねー」
(何で聞くかな自分!)
私は、私と知り合う前の津軽先輩を知らない。
学校一のイケメンと言われていて、他校にもファンがたくさんいて、とにかく女の子から絶大な人気があるというのも鳴子から聞かされたことだ。
(寄ってくるのはしょうがないけどさ…)
自分がそんな人の彼女だということも、未だに信じられないけども。
ちらっと見ると、津軽先輩は唐揚げを頬張っていた。
胡座をかいて食べる姿さえ様になっている。
「津軽先輩、モテますもんね」
「まーね」
さらりと返される。
「………」
「なんか心配してる?」
「いえ別に」
秒で素っ気なく返してしまう。
(我ながら可愛くない…!)
秒で自己嫌悪に陥った。
行儀悪くお箸を噛んでいると、ぽん、と頭に手が置かれる。
「大丈夫だよ」
声に誘われて視線を上げると、柔らかな笑みがあった。
「Firstnameちゃんが心配するようなことは何もないから」
くしゃりと髪を撫でて、手が離れる。
「弁当、たまに作ってきてほしいなー」
津軽先輩はおにぎりにかぶりついた。
「ほ、ほんとですか?」
もぐもぐしながら頷く。
「気とか遣ってません? それならお構いなく…」
おにぎりを飲み込んでから、先輩は口を開いた。
「彼女に気ぃ遣ってどーすんの」
真顔で言われる。
「で、ですよね」
津軽先輩の口から出た彼女という言葉がこそばゆくて、口元が緩んだ。
ストローを咥えてごまかす。
「好きな子の手作り弁当でしょ。嬉しいに決まってるじゃん」
先輩の言葉にまた胸が高鳴った。
ドキドキしながら顔を上げると、目が合う。
「なんかいいよね。こーゆーの」
津軽先輩が嬉しそうに笑った。
その顔を見たら、幸せと一緒に、津軽先輩を好きな気持ちで胸がいっぱいになって。
私は笑顔で頷いた。