とぼとぼと街を歩く。
何も考えずに走ったので高校の最寄り駅とは反対方向に来てしまった。
まだ距離はあるけど、もうこのまま隣の駅まで歩いてしまうのがいいと思う。
最寄り駅まで戻ったら、津軽先輩と鉢合わせてしまうかもしれないから。
そう考えながら赤信号で立ち止まった時、鞄の中のスマホが震えた。
取り出してみるとLIDEだった。
津軽先輩からだ。
"ちゃんと話したい。お願いだから電話に出て"
ステータスバーから着信履歴を開くと、津軽先輩の名前がいくつも並んでいた。
この短い時間で何回もかかってきていた。
走っていたから気付かなかったけれど。
「話すことなんて…」
あるんだろうか。
だって、あの人の言っていたことはきっと全部本当のことだ。
津軽先輩の慌て方でわかる。
あんな風に動揺している先輩は見たことがなかった。
青信号になった横断歩道を渡りきると、手の中でまたスマホが震えた。
画面には津軽先輩の表示。
着信だった。
LIDEが既読になったのを見てすぐにかけてきたんだと思う。
「………」
出る気になれないまま、けれど立ち止まってスマホに目を落としていた私は、正面のパン屋から出てきた人とぶつかりそうになった。
「っ、すみません」
ふと、お店のガラスが目に入る。
そこに映っていたのは私だ。
すごく普通の───
津軽先輩の横に並ぶには、あまりにも普通の女だった。
『ウソ。高臣、この子と付き合ってるの?』
『こないだね、ゼミの飲み会で高臣の写真見せたの。みんなすごくカッコイイって言うからちょっと自慢しちゃった』
『…もしかしてあなた、高臣としたことない?』
『そう。何も知らないのね。可愛い』
『高臣、後ろからが好きなの』
『私達すっごく相性が良くて。ね、高臣?』
格好いい津軽先輩には、ああいう綺麗な女性が似合う。
美人で、華やかで、大人っぽくて。
二人が並ぶと美男美女ですごくお似合いだった。
(元カノだって先輩は言ってたけど)
あの人はそうは言わなかった。
それどころか、二人は今でも親しげな様子に見えた。
(私が知らなかっただけで)
二人は続いていたのかもしれない。
思い当たる節はある。
私と津軽先輩には体の関係が無い。
付き合ってしばらく経つけどキスだけだ。
そういうのってなんかこう、自然とするのかな、なんて漠然と思っていたけど。
津軽先輩とそんな雰囲気になったことは一度もなかった。
(私に魅力がないからだったんだ)
今でも津軽先輩にはあの人がいる。
あの人だって津軽先輩のことが好きなんだから、部外者は私だ。
───でも、だからって。
(わざわざ学校までマウント取りに来る!?)
今更ながら腹が立った。
(感じ悪すぎでしょ!)
(津軽先輩、ああいう人が好みだったなんて)
…でも、でも、やっぱり。
悲しい気持ちの方が大きい。
津軽先輩と私が釣り合っていないのは事実だ。
私一人がいくら津軽先輩を好きでも、それは変わらない。
乱高下する感情が涙腺を刺激する。
でも泣くなんてあまりにも悔しくて、私はぎゅっと目を瞑った。
全部がこんがらがって整理がつかない。
何も考えたくない。
考えたくないのに。
津軽先輩は、どうして私と一緒にいるんだろう。
震え続けるスマホを握りしめたまま、私はそこから動けなくなった。