またね高臣、と元カノは背を向けた。
華やかな容姿に周囲の生徒が次々と振り返るが、本人は意に介することなく颯爽と校門を出ていく。
その後ろ姿をじっと見つめるFirstname。
視界を遮るように、俺はFirstnameの前に立った。
「Firstnameちゃん、あのさ」
「すごく綺麗な人ですね」
ずっと黙っていたFirstnameが口を開いた。
「え? あぁ、まぁ…いや」
何と返したらいいかわからず、歯切れの悪い返事になる。
二人の間に感じたことのない種類の空気が流れた。
「…津軽先輩が好きになるのもわかります」
Firstnameはぽつりと呟いた。
突然現れた元カノから要らないことを聞かされて、言われる筋合いの無いことを言われて。
嫌な気分になったと思う。
他の女との昔話なんてFirstnameは知らなくていい。
知られたくないなんて、我儘なのかもしれないけど───
「Firstnameちゃん、聞いて。あいつが言ってたことは…」
「聞きたくないです」
ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。
嫌な汗が全身から噴き出たような気がした。
俺はFirstnameの手を掴んだ。
「ごめん、Firstnameちゃん。ごめん」
でもFirstnameはすぐに俺の手を振り払った。
一瞬、頭が真っ白になった。
急激に体温が下がったような感覚を覚えて、なのに心臓の音がやけにうるさい。
俺は狼狽えた。
「ごめん! マジでごめん」
「何で先輩が謝るんですか」
「Firstnameちゃんに嫌な思いさせた」
「先輩は何もしてないじゃないですか。あの人が、一方的に…」
俺を振り払った手を、Firstnameはぎゅっと握り締める。
「先輩は」
何かを堪えているような声だ。
「津軽先輩は、何で私と…」
けれど最後まで言うことなく、Firstnameは唇を噛んだ。
「すみません。一人で帰ります」
Firstnameが俺の横をすり抜ける。
「待って」
咄嗟にその手首を掴んだ。
「待ってFirstname、頼むから聞いて」
「…っ」
Firstnameの顔が歪む。
無意識に強い力で掴んでしまったようで、慌てて力を緩める。
俺はFirstnameを繋ぎ止める言葉を必死で探した。
「全部昔の話だから。俺が好きなのはFirstnameだし、Firstnameが気にするようなことは何も…」
細い手首は俺の手をすり抜けた。
「ごめんなさい」
Firstnameはスカートを翻し、逃げるように走って行った。
遠ざかっていく背中を、俺は呆然と見ていることしかできなかった。